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月に吠えらんねえ(4)/石川近代文学館「うたえ!□(シカク 詩歌句)街の仲間たち!」。

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まずは新刊情報です。
 
清家雪子著 2014/10/23 講談社(アフタヌーンKC) 定価740円+税

作中にふんだんにちりばめられた近代詩そのもの凄さに酔い、架空の街で虚実の境を徘徊する、朔太郎、白秋(はくしゅう)、犀星(さいせい)らの作品からイメージされたキャラの圧倒的な存在感に酔い、膨大な資料を下敷きに緻密に物語を組み立てた作者の過剰な愛情に酔う。話題集中の近代詩歌俳句エンターテインメントをこの機会にぜひ!

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一昨年から、講談社さんの漫画雑誌『月刊アフタヌーン』で連載されている、主人公・朔(萩原朔太郎)をはじめ、架空の町「□(シカク 詩歌句)街」に住む、近代詩歌人たちをモデルにした強烈なキャラクター達の織りなす幻想的な物語です。連載開始時第1巻第2巻のレビューもこのブログにて既に書いています。今年4月刊行の第3巻は、光太郎智恵子に関わる部分がほとんどなかったので、割愛しました。

第4巻、表紙を飾るのはアッコさん(与謝野晶子)とチエコさん(高村智恵子)。帯にはコタローくん(光太郎)とチエコさん。

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これまでもコタローくんとチエコさんはたびたびセットで登場していましたが、第4巻所収の第17話「あどけない話」では、二人がメインのストーリーになっています。

重要な登場人物の一人、白さん(北原白秋)が、美術街にすむコタローくん(光太郎)のアトリエを訪れ、亡きチエコさん(智恵子)の幻影に遭遇する、という展開です。

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しばらくは幻影のチエコさん視点で話が進み、合間合間にコタローくんの述懐が入ります。

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壊れてゆくチエコさん、毀してしまったコタローくんの描写が見事です。

チエコさん亡きあとは、その姿をロボットで再現するコタローくん。

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このロボットは、「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」を表しているような気もします。

その他、第4巻ではさまざまな「愛」の形が取り上げられています。チエコさんともども表紙を飾るアッコさん(与謝野晶子)とヒロさん(与謝野鉄幹)、とみちゃん(山川登美子)の三角関係。そこに「小説家」(有島武郎)と「あの女」(波多野秋子)がからみ……。さらには朔(萩原朔太郎)と「エレナ」、早世した拓(大手拓次)の物語も。

それぞれ予備知識無しでも楽しめると思うのですが、それぞれの人物の背景を知っているにこした事はありません。

そういった意味で、画期的と思える企画展が、石川近代文学館さんで開催中です。
 
期  日 : 平成27年9月19日(土)~11月29日(日) 会期中無休
時  間 : 9:00~17:00  (入館は16:30まで)
場  所 : 石川近代文学館 金沢市広坂2-2-5  TEL(076)262-5464 
料  金 : 一般 360円(290円) 大学生 290円(230円) 高校生以下 無料※( )内は20名以上の団体料金

漫画「月に吠えらんねえ」は、これまでの「漫画と文学」の関係性の概念を打ち破り、「作品の漫画化」でも、「作家の自伝」でもなく、「作品そのものに人格を与え、キャラクター化した登場人物」を設定し、ふんだんに近代詩ほか、短詩型の作品そのものを紙面に登場させています。
今回は、作者である漫画家・清家雪子氏、講談社アフタヌーン編集部にご協力をいただき作品の出力原画をご覧いただくほか、室生犀星、萩原朔太郎ら主要登場人物はじめ、昨年春の特別展示では展示しきれなかった折口信夫父子、中原中也など二巻以降のストーリーに重要な役割をはたす石川ゆかりの作家たちの文学資料も数多く展示いたします。

企画展示室1 『月に吠えらんねえ』と□街の仲間たち
『月に吠えらんねえ』出力原画と登場人物である萩原朔太郎、北原白秋、三好達治などの資料を展示

企画展示室2 『月に吠えらんねえ』と石川ゆかりの作家たち
『月に吠えらんねえ』出力原画と登場人物である石川ゆかりの室生犀星、折口信夫・春洋、中原中也などの資料を展示

企画展示室3 石川ゆかりの詩人たち
石川ゆかりの詩人や短詩型作家を紹介し、資料を展示

主な特別借用資料
 北原白秋自筆書簡(室生犀星あて)二通(清家雪子氏蔵)
 折口信夫歌軸 二幅(個人蔵)
 折口春洋歌軸 三幅(個人蔵)
 室生犀星自筆原稿「北原白秋」(『我が愛する詩人の傳記』)(室生犀星記念館蔵)
 三好達治遺愛の横笛(みくに龍翔館蔵)

エッセイ展示  「彼」とわたしの意外な関係
 折口信夫  横山方子氏(石川郷土史学会幹事)
 中原中也  薮田由梨氏(徳田秋聲記念館 学芸員)
 表棹影  松岡理恵氏(エフエム石川アナウンサー)

刊行物・記念グッズ
 ★『月に吠えらんねえ』コラボレーション作品集『□街集』  清家雪子先生描き下ろしカラー表紙  500部限定
 ★「月に吠えらんねえ」クリアファイル
 ★清家雪子先生描き下ろしイラスト&作家自筆文字缶バッチ

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「月に吠えらんねえ」の重要なキャラの一人、「犀」(室生犀星)が金沢出身、「チューヤくん」(中原中也)も金沢に居住経験あり、ということで実現したようです。

チラシにはコタローくんとチエコさん(ロボット)も描かれています。

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ぜひ足をお運びください。


【今日は何の日・光太郎 拾遺】 10月24日

昭和56年(1981)の今日、千葉成田郊外に、三里塚御料牧場記念館が開館しました。

成田空港開港前、皇室の御料牧場があり、その関係の展示がメインですが、当地に移り住んだ作家・水野葉舟や、その親友の光太郎に関する展示もなされています。

敷地内には光太郎の「春駒」詩碑や、やんごとなき方々のための戦時中の防空壕、貴賓館などもあります。


サトヱ記念21世紀美術館「生誕130年記念 斎藤与里展 ~巨匠が追い求めた永遠なる理想郷~」/第68回全日本合唱コンクール全国大会高校の部結果。

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埼玉県から企画展情報です。今夏、新宿の中村屋サロン美術館さんの特別展示で扱われた、光太郎の盟友・斎藤与里の生誕130年記念展が与里の故郷で開催されます。

生誕130年記念 斎藤与里展 ~巨匠が追い求めた永遠なる理想郷~

場  所 : サトヱ記念21世紀美術館  埼玉県加須市水深大立野2067  TEL:0480-66-3806
期  日 : 2015年10月24日(土)~2016年3月13日(日)
時  間 : 10:00~17:00
休 館 日 : 月曜日(11/23、1/11は開館し、11/24、1/12は休館)  年末年始休館(12/24~1/12は休館)
料  金 : 一般 900円、大学生・高校生 700円、小中学生 600円、障害のある方 500円、未就学児 無料
主  催 : 加須市、加須市教育委員会、サトエ記念21世紀美術館

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~郷土の偉人・斎藤与里の作品や功績を紹介~
加須の偉人・斎藤与里の生誕130年を記念し、加須市、市民および「サトエ記念21世紀美術館」(加須市水深)等が収蔵する作品を中心に、約80点を一堂に集め展示します。
 皆さん、ぜひご観覧ください。
■斎藤与里とは…■
斎藤与里(さいとうより・1885~1959) … 岸田劉生、高村光太郎らとフュウザン会を結成、ゴッホやセザンヌを日本へ初めて紹介するなど日本近代美術史上において重要な役割を果たした芸術家。
日本人独自の油彩画を目指し辿り着いた絵画世界は、牧歌的な風景の画題の裏に、日本の伝統的な絵画が源氏物語絵巻や浮世絵など線と色面から構成される平面性を重視したものである。
加須市では、加須市名誉市民第1号(加須第1号)として顕彰しているほか、「加須の偉人」の一人として位置づけている。

 開館より15年目の秋を迎えるサトエ記念21世紀美術館では、加須市ならびに加須市教育委員会との共催により、生誕130年記 念斎藤与里展~巨匠が追い求めた永遠なる理想郷~』を開催いたします。
 斎藤与里(さいとう より・1885~1959)は埼玉県加須市に生まれ、青年期に20世紀初頭のフランスに留学して以降、技法の習得や鍛錬を学ぶことが主流であった当時の美術界においては先駆的に、オリジナリティを重視する日本人独自の油彩画の創出を志した日本近代美術史を代表する芸術家です。全国各地にて創作活動だけでなく著述や後進たちへの指導を行うなど精力的な活動を行いますが、晩年の約20年は、故郷・加須に『草香居』と名付けたアトリエを構え、毎年のように画風を変遷させながら独自の芸術
世界を確立します。自らの理想郷と呼ぶべき愛する郷里において、牧歌的で詩情豊かな風景や人物を描くことに到達した与里の作品は、現在も多くの人々の心を動かし続ける不思議な魅力に満ちています。
 本展では留学時代から晩年までの生涯を回顧し、フュウザン会、日展、東光展などに出品された代表作を中心に約80点余を一堂に集め展覧いたします。芸術家・斎藤与里の画業をご堪能いただける機会となれば幸いです。

関連行事
○第1回ミュージアムトーク
「斎藤与里・日本最初の反アカデミスムの画家」
講師:関根秀一氏(流通経済大学教授・美術史)
日時:2015年11月29日(日) 14:00~

○第2回ミュージアムトーク
「斎藤与里・画家としての軌跡」
講師:佐々木憲三 氏(美術文献研究家)
日時:2016年2月14日(日) 14:00~

会  場: サトエ記念21世紀美術館エントランスホール
時  間: 各回、約1時間30分程度
定  員: 座席数(約100席)に限りがあり、着席は先着順とさせていただきますのでご了承下さい。
その他: 聴講・鑑賞には展覧会入館券が必要となります。


第2回講師の佐々木憲三氏は、連翹忌ご常連のお一人。これは行かざあなるまい、というところです。皆様もぜひどうぞ。


ところで、同じ埼玉つながりで、昨日、さいたま市の大宮ソニックシティ大ホール行われた第68回全日本合唱コンクール全国大会高校の部について。

光太郎の詩に曲をつけたもの――を自由曲を選んだ学校が2校あり、そのうち、高校Bグループ(33人以上)で、三好真亜沙さん作曲の「女声合唱とピアノのための「冬が来た」」中の「冬の奴」を演奏した東京の豊島岡女子学園高等学校コーラス部さんが、みごと銀賞。高校Aグループ(8~32人)で、智恵子の後輩にあたる日本女子大学附属高等学校コーラスクラブの皆さんが、鈴木輝昭氏作曲の「女声合唱とピアノのための組曲 智恵子抄」」中の「裸形」を演奏し、こちらは残念ながら参加賞に当たる銅賞でしたが、出場できるだけでもすごいことですので、胸を張ってほしいものです。


主催に名を連ねる『朝日新聞』さんのサイトに載った東京版の記事から。 

東京)豊島岡女子が銀、国学院久我山が銅 合唱コン高校

 さいたま市の大宮ソニックシティで24日に開かれた第68回全日本合唱コンクール(全日本合唱連盟、朝日新聞社主催)の高校部門で、都代表の豊島岡女子学園は銀賞、国学院久我山は銅賞を受けた。
 高校B(33人以上)の豊島岡女子学園は、最高賞の文部科学大臣賞を受けた2010年以来2度目の全国大会。厳しい冬に負けそうになる自分に打ち勝つ高村光太郎作詞の「冬の奴」を歌った。寺西美月部長(2年)は「今までの気持ちを全部ぶつける思いで歌いました。すごく楽しかった」と語った。銀賞を受け、「ほかの学校の演奏を聴いて、まだまだ課題が残っていると耳で実感しました。妥当な結果だったと思う」と話した。
 高校A(8~32人)の国学院久我山は幻想的な「ねぼすけぼうず」などを歌った。中高一貫の同校はこれまで中学生だけの女声の音楽部で全国大会に3度出場の実績があるが、「歌い続けたい」という生徒の希望で昨春に高校生を含めた部となった。今回は中学生も含め部員全員17人で高校部門に初出場を果たした。
 大矢早彩(さあき)部長(2年)は中1のときに全国で金賞を受け、「先輩たちに恩返ししたいと取り組んできた」という。人数は出場校で最少。「少人数ならではの強みをいかし、繊細に丁寧に歌えました。後輩には『やりたい音楽をやれば結果はついてくる』と伝えたい」と話した。(青木美希)


豊島岡女子さんの動画。



神奈川版から。 

神奈川)清泉女学院が金賞 全日本合唱コンクール

 さいたま市の大宮ソニックシティで24日に開かれた第68回全日本合唱コンクール(全日本合唱連盟、朝日新聞社主催)高校部門で、関東支部代表としてAグループ(8~32人)に出場した清泉女学院が金賞に輝いた。日本女子大付属は銅賞を受けた。
 清泉女学院は、自由曲で新川和江作詩、鈴木輝昭作曲の「終(つい)の日のわたしを焼く…」を披露。後半部のユニゾンでは、「死」と向き合う中で自己犠牲の言葉をたたみかけるように発する場面を、万感の思いを込めて歌い上げた。
 部長の伊藤瑠那さん(2年)は「今までやってきたことと仲間を信じ、心を一つに最高の演奏ができた。訴えたいことはすべて客席に届けられました」。指揮をした佐藤美紀子顧問は「心を合わせて強さが出せた。私にも幸せなひとときだった」と部員をたたえた。
 7回目の出場を果たした日本女子大付属の自由曲は高村光太郎作詩、鈴木輝昭作曲の「裸形」。妻智恵子への深い愛をつづった詩を、力強く、また女声合唱ならではの伸びやかで透き通った歌声で表現した。
 部長の豊田彩織さん(3年)は「男性の愛を女性で高校生の私たちが表現する難しさはありましたが、自分たちのできる最高の演奏ができました」と語った。指揮をした丸山恵子講師も「みんな集中してがんばりました」とねぎらった。


こうした活動を通し、若い世代にも光太郎智恵子の世界が受け継がれていってほしいものです。


【今日は何の日・光太郎 拾遺】 10月25日

昭和26年(1951)の今日、花巻郊外太田村の山小屋で、近くの山口小学校の校訓として「正直親切」の書を揮毫しました。

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この文字を刻んだ碑は、山口小学校跡、光太郎も通った東京の第一日暮里小学校さん、埼玉東松山の新宿小学校さんにそれぞれ建てられています。

十和田関連。

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光太郎最後の大作、「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」が立つ青森十和田からの情報です。

まずは紅葉情報。 

十和田湖畔 色深める紅葉

2015年10月18日(日) 『東奥日報

 青森県十和田市の十和田湖畔で紅葉が色を深めている。遊覧船やモーターボートの発着場がある休屋地区などには大勢の観光客が訪れ、秋色に染まりつつある湖岸の景色を楽しんでいる。
 湖畔では、カエデやモミジ、カツラなどのさまざまな樹木が傾斜のある山肌を覆う。観光客は遊覧船などに乗り込み、赤、黄色など、鮮やかな色合いを見せる湖畔をじっくり眺めていた。
 17日午後、十和田湖モーターボートのボートで湖上を遊覧した八戸市の荒木彩也香さん(29)は「青空の下で、山全体の色づきを見られて感動した」と話していた。
 十和田湖国立公園協会によると、十和田湖の紅葉は17日現在、5割ほどの色づきで、20日すぎには見ごろを迎えるという。


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2015年10月20日(火) 十和田湖国立公園協会ブログ「十和田に来い!恋!」

湖畔の紅葉の見頃がピークを迎えています、
4・5日前からの朝晩の冷え込みが一気に木の葉を
紅や黄色に染めたようです。
中山・御倉半島も見頃です、遊覧船に乗りご覧ください。

例年と比べると5日くらい早いようです。

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それぞれ先週の記事なので、もうピークを過ぎつつあるかもしれません。十和田湖奥入瀬観光ボランティアの会さんのサイトによれば、昨日はみぞれが降った由。


続いて、十和田湖を含む一帯の魅力のPRに関する報道から。 

十和田の魅力、アニメで発信 地元青年会議所がHP、動画サイトで公開

2015年10月3日(土) 『北海道新聞』 

 十和田青年会議所(蛯沢達彦理事長)は十和田市の魅力を発信するためのアニメーションを9月末から同会議所のホームページや動画サイト「ユーチューブ」などで公開している。アニメは同市出身の映像作家水尻自子(よりこ)さん、楽曲は同市在住のシンガー・ソングライター桜田マコトさんにそれぞれ制作を依頼。ゆったりとしたやさしい作品に仕上げた。
 PRアニメは同会議所の「地域の魅力普及啓発事業」として企画した。馬のかぶり物キャラクター「ウマジン」が、官庁街通り、現代美術館、奥入瀬渓流などを軽やかに駆け回り、名所巡りするという設定。
 国内外の映画祭などのアニメ部門で数々の賞を受けている水尻さんが1分50秒のアニメにまとめた。水尻さんは「自分のアニメで十和田のたくさんの魅力を表現できたことがうれしい。あらためてその良さを感じられる機会になった」とコメントした。
 挿入歌「届け!ラララ(仮)」はこのアニメのために桜田さんが作詞作曲し、自ら歌も手掛けた。名所などを紹介する掛け声は同市の法奥小学校の児童が受け持った。桜田さんは「仲間を大事にして、みんなで地元を元気にしようという思いを込めた」と話した。
 同会議所の中谷武副理事長は「ポイントごとの魅力が伝わってくるアニメ。リンクやシェアなどは自由なので、どんどんネット上で拡散してほしい」と話した。PRアニメは検索サイトで「十和田市の魅力発信」のキーワードで探せる。

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問題の動画がこちらです。


記事にあるとおり、ゆったりとしたやさしい作品です。

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市街地の官庁街通り桜並木、十和田市現代美術館などを経て、夏の花火大会や秋祭り、ニンニクや十和田バラ焼きなどの名産の紹介。さらに奥入瀬渓流。

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1分27秒頃からいよいよ十和田湖。「乙女の像」も登場します。

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パステルカラーのあたたかな色遣いがいいですね。全編に流れる「ゆるい」感じも。


もう1件。十和田市の広報紙『広報とわだ』の今月号から。 

花巻市探訪ツアー参加者募集

友好都市・岩手県花巻市を訪れ、花巻新渡戸記念館やリニューアルオープンした高村光太郎記念館高村山荘、花巻温泉郷を巡り、花巻市への理解を深めます。
とき 11月14日㈯ 午前7時 市役所発
定員 35人(先着順)
費用 高校生以上3千円 中学生以下千円
申込期限 10月30日㈮
※昼食はそばを提供します。アレルギーがあるかたは事前にお知らせください。
申し込み/問い合わせ 新渡戸友好都市交流委員会(まちづくり支援課内)☎51 6725

この夏には、逆に花巻の太田地区振興会の皆さん40数名が、大型バス1台で十和田湖を訪問しました。こうした地域ぐるみの交流も、もっともっと広まって欲しいものです。


【今日は何の日・光太郎 拾遺】 10月26日

昭和2年(1927)の今日、詩人の八木重吉が歿しました。

結核により、わずか数え30歳の生涯でした。八木についてはこちらをご参照下さい。


純金製置物 「申」 <高村光雲原型作>。

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気がつけば10月もそろそろ終わり、今年も残すところあと2ヶ月あまりとなりました。新刊書店では来年用のカレンダーの販売、郵便局さんでは年賀はがきの予約受け付け開始など、徐々に平成28年を迎える準備が始まっています。

そんな関係で、『日本経済新聞』さんの電子版に載った「プレスリリース」――ある種の広告――から。 

田中貴金属ジュエリー、2016年の干支「申」の工芸品「純金製置物」など発売

貴金属ジュエリーの老舗 GINZA TANAKA
2016年の干支「申」の工芸品を10月1日(木)より発売!
~日本を代表する名工たち渾身の逸品、縁起の良い純金製の置物や大判、根付などが登場~

 1892年に創業した貴金属ジュエリーの老舗GINZA TANAKA(田中貴金属ジュエリー株式会社 本社:中央区銀座、代表取締役社長執行役員:田中 和和(まさかず)、以下 GINZA TANAKA)は、2016年の干支である「申」を、純金で製作した置物、根付、大判など、新作の工芸品4点(税込価格39,000円~税込参考価格1,872,000円)を10月1日(木)よりGINZA TANAKA 9店舗とGINZA TANAKAオンラインショップにて発売します。(※参考価格は、金税込小売価格4,800円/gで計算しております。)
 GINZA TANAKAでは毎年、縁起物である干支をテーマにした純金・銀製の工芸品を製作・販売し、開運招福を願うお客様にご好評をいただいております。2016年の干支である「申」は、人間に近い姿から、昔より山神の使いとも言われ、信仰の対象としてもなじみの深い動物です。また、不幸や困難が“さる”とも言われ、縁起が良く、十二支の中でも人気のモチーフです。この度、GINZA TANAKAでは、日本を代表する名工などによる純金の美しい干支の工芸品を、新たに4点製作しました。

<GINZA TANAKA新作工芸品(一部)>
 【発売日】2015年10月1日(水)
 【販売店舗】GINZA TANAKA全国9店舗
       GINZA TANAKAオンラインショップ(
http://shop.ginzatanaka.co.jp/

■純金製置物「申」 高村光雲 原型作
 日本の近代彫刻の礎を築いた高村光雲が、天下泰平、五穀豊穣を祝う伝統芸能「三番叟(さんばそう)」をモチーフに、繊細な表情と躍動感のある動きを純金で表現しました。衣装と烏帽子をまとった猿のなんとも言えない表情が、輝く純金の素材を通して見事に表現されています。
 【税込参考価格】1,872,000円
 【原型作者】高村 光雲 氏
 【素材】K24 約150g(桐箱付)
 【サイズ】
 <本体>高さ約16.8cm 台座 直径約10.8cm
 <ガラスケース>高さ約26×幅約21×奥行約21cm

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元々は大正11年(1922)に彫られた木彫で、正しい題名は「三番叟」。オリジナルは宮内庁の三の丸尚蔵館さんに収められていますが、その複製とは考えにくいところです。光雲は同一の図題で複数の木彫を手がけることもしばしばでしたので、宮内庁のものではない作品からの複製でしょう。

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「三番叟」というのは、狂言師の舞う舞の名前で、その扮装を猿回しの猿が身につけている、という構図です。郷土玩具などで同様の図題がよく見られます。「厄難を去る」という縁起担ぎでしょう。

当方、ブロンズ複製のこの作品を持っています。

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かなり前に安く入手したものですが、どうやらパナソニックさんが昭和の頃にノベルティーグッズとして配布していたもののようです。


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さて、田中貴金属さんの今回の商品、同店オンラインショップのラインナップに入っています。今、このブログを書きながら価格を確認すると、「\1,921,140」。上記プレスリリースでは「\1,872,000」。「この差は何だ?」と思ったら、「こちらの商品は金相場により価格が毎日変動いたします。」とのことでした。ある意味、豪壮な話ですね。

お金に余裕のある方、ぜひお買い求め下さい。

豪壮な話ついでにもう1件。先月、このブログでご紹介した「シンワアートオークション近代美術/木梨憲武」に、光雲の木彫「魚藍観世音」が出品されました。「1,200万円から2,500万円」という落札予想で出品されたのですが、蓋を開けてみると4,200万円での落札でした。

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落札者が個人なのか法人なのかなどは不明ですが、お近づきになりたいような、なりたくないような……といった感じです(笑)。


【今日は何の日・光太郎 拾遺】 10月27日

昭和25年(1950)の今日、山形の渡辺正治氏から葉書を受け取りました。

渡辺正治氏は女優の渡辺えりさんのお父様です。氏と光太郎の関わりについては、以下を御覧下さい。

「趣味どきっ!女と男の素顔の書 石川九楊の臨書入門 第5回「智恵子、愛と死 自省の「道程」 高村光太郎×智恵子」」。  

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テレビ放映情報です。 
本放送 NHKEテレ 2015年11月3日(火)   21時30分~21時55分
再放送 NHK総合  2015年11月5日(木)   10時15分~10時40分
      NHKEテレ 2015年11月10日(火)   11時30分~11時55分

書から歴史上の人物像に迫る臨書入門。今回は詩集「智恵子抄」でも知られる彫刻家・高村光太郎。妻・智恵子の死、戦争とどう向き合ったのか?不思議な書が示すこととは?

明治から昭和にかけて彫刻、詩など数々の作品を発表した高村光太郎は、書でも唯一無二の存在。愛妻・智恵子の死、そして戦争賛美の詩を書いた自分を責め、終戦直後の7年間、岩手・花巻の山荘にこもり自己と向き合った光太郎。その時書いたのは、不思議な筆致の文字だった。この書が意味することとは何か?花巻の高村山荘を訪ね、直筆の書に出会い探る。また光太郎がリンゴ農家へ送った書「甘酸是人生」の「人生」を臨書する。

出演 石川九楊 羽田美智子

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今月から始まった「趣味どきっ!女と男の素顔の書 石川九楊の臨書入門」。書家の石川九楊氏と、女優の羽田美智子さんをナビゲーターに、歴史上の男女を1組ないし2組ずつ取り上げて、その書の魅力に迫る番組です。

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各回で、石川氏のご指導のもと、羽田さんがそれぞれの人物の書を臨書します。今回は、光太郎の書から「人生」の二文字。

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上記は現在、新刊書店で並んでいる同番組のテキストから。NHK出版さんのサイトからも購入できます。

テキスト、さらには番組内でも光太郎智恵子の人生について、レクチャーがあります。制作に協力させていただき、当方の提供した画像が画面を飾るはずです。お楽しみに。

この番組の第2回放送が「愛と情熱の歌人 夫のための百首 与謝野晶子×与謝野鉄幹」で、与謝野夫妻研究の第一人者・逸見久美様がご出演。逸見様も連翹忌のご常連のお一人で、当方を紹介していただきました。ありがたいかぎりです。

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鉄幹晶子の回は、駒場の日本近代文学館さんでロケが行われ、非常に丁寧な作りになっており、興味深く拝見しました。光太郎の回は、今年リニューアルオープンとなった花巻の高村光太郎記念館、隣接する光太郎が戦後の7年間を暮らした高村山荘での収録。臨書される「甘酸是人生」の書も、同館に収蔵されているものです。

ご期待下さい!


ついでにもう1件。 
NHK総合 2015年11月3日(火)  27時08分~27時51分 =4日(水)午前3時08分~3時51分

彫刻家・高村光太郎と画家を目指す妻・智恵子。二人は貧しさにも負けず、芸術への夢を追い求めるが、その行く手には、あまりにも悲しく切ない運命が待っていた…。命をかけて貫き通した二人の愛が生み出した奇跡とは?詩集「智恵子抄」で知られる、日本史上類を見ない究極の愛の伝説をお届けする。

今からおよそ100年前の1914年(大正3年)12月、彫刻家、詩人の高村光太郎と、画家の卵である長沼智恵子が、実験的な同居生活をスタートさせた。婚姻届を出さず、夫婦別姓。家事を分担し、対等な人間同士として、それぞれの創作に打ち込んだ。絶えざる戦争のわずかな合間、自由な文化が花開いた大正という時代を追い風にした「愛の試み」だった。光太郎と智恵子は貧しさにも負けず、芸術への夢を追い求めるが、その行く手には、あまりにも悲しく切ない運命が待っていた。命を懸けて貫き通した二人の愛が生み出した奇跡とは何か。バレンタインデーを前に、詩集「智恵子抄」で知られる、日本史上類を見ない究極の愛の物語を紹介する。

出演 前田亜季 鈴木一真
キャスター 渡邊あゆみ

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今年2月に放映されたものの再放送です。7月に放映された「第223回 漱石先生と妻と猫~“吾輩は猫である”誕生秘話~」と2本セットで放映するとのこと。2月の放送を見逃した方、ぜひどうぞ。ただし、深夜、というか未明です。
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【今日は何の日・光太郎 拾遺】 10月28日

昭和27年(1952)の今日、終焉の地となった中野のアトリエで、雑誌『アトリヱ』のため、編集者の国安芳雄と対談を行いました。

対談は12月の同誌313号に掲載されました。次の前書きが付されていました。

 青森県の要請に依りその湖畔に等身の裸女を制作するため、七年ぶりで上京された高村光太郎氏を訪ねる。幸い旧知の本誌、国安(旧姓住友)との間に話題は間断なく流れ、七〇有余歳、尚青年の如き高村氏の情熱にききほれる。生涯をこめての、きびしい歩みの果に、この純白のアトリエに籠り、彫刻の意味を究明しようという翁の健康に幸あれと祈る。

光太郎は戦前の昭和3年(1928)には、当時住友姓だった国安の肖像彫刻を制作しました。「S君の像」、「住友君の首」といった題をつけられたこの彫刻、おそらく昭和20年
(1945)の空襲で焼失、現存が確認できていません。









第5回天山・心平の会 かえる忌/没後28回忌 第22回「心平忌」心平を語る会。

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福島からイベント情報です。光太郎の深い信頼を得、その歿後は顕彰活動の先鞭をつけた当会の祖・草野心平を偲ぶ集いです。 

第5回天山・心平の会 かえる忌

日  時 : 2015年11月7日(土)
場  所 : 小松屋旅館蕎麦酒房天山 福島県双葉郡川内村大字上川内字町分211
会  費 : 2,500円
内  容 : 講話 伊武トーマ氏(『歴程』同人)  晒名昇氏(前かわうち草野心平記念館長)
備  考 : 翌11/8には草野心平墓参(いわき市上小川常慶寺)、心平生家で開催される第22回「心平を語る会」(無想無限の会主催)に合流。
申し込み : 天山・心平の会代表 井出茂 0240-38-2033 〒979-1201 
        福島県双葉郡川内村大字上川内字町分211
日   時 : 平成27年11月8日(日)(受付は11時30分~12時 草野心平生家にて)
参 加 費 : 大人500円(当日受付にて)
会   場 : 草野心平生家・常慶寺(いわき市小川町上小川字植ノ内 周辺)
内   容 :
 受付後             常慶寺の心平墓前にて香華、心平ゆかりの故人への焼香
 
11時30分~12時    心平粥、心平餅の会食(草野心平生家にて)  
  12時10分~12時50分 心平を語る会「晩年の草野心平」  卓話 晒名 昇 さん
                さらしなしょう。元筑摩書房編集部長。『草野心平全集』『草野心平日記』担当編集         
                者。かわうち草野心平記念館(福島県双葉郡川内村)初代館長(平成22~25年度)。
 
12時50分~13時    第7回 草野心平ふるさとの詩 けるるん くっく 発表会 表彰式
                〈小学生の部〉〈中学生の部〉・最優秀賞受賞者朗読発表
主  催 : 夢想無限の会
共  催 : いわき市立草野心平記念文学館
協  力 : いわき市立草野心平生家ボランティアの会
問い合わせ先  : いわき市立草野心平記念文学館 電話0246-83-0005

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「かえる忌」には3年前一昨年昨年と3回参加させていただきました。下記は昨年、BS朝日さんで放映された「にほん風景物語 福島 川内村・いわき小川郷 ~詩人・草野心平が詠んだ日本の原風景~」から。一昨年のかえる忌の様子です。当方も映っています。

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今年は光太郎関連以外の用事がはいってしまい、「かえる忌」はパスしますが、翌日の「心平忌」にはお邪魔しようと思っています。

東日本大震災から4年半が過ぎました。復興の様子も見てきたいと思っています。


【今日は何の日・光太郎 拾遺】 10月29日

昭和62年(1987)の今日、小田急グランドギャラリーで開催されていた企画展「光太郎 智恵子の世界展」の関連行事として、当会顧問・北川太一先生の講演、俳優の井上晶宏氏による朗読が行われました。

この件を書くため、図録を引っ張り出してぱらぱらめくってみたところ、翌年に歿する最晩年の心平が書いた「光太郎智恵子に関する断章」という文章が巻頭に掲げられていました。蓋し、名文です。

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シンポジウム「ほんとの空が戻る日まで-福島の復興と地方創生-」。

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昨日に引き続き、福島ネタです。 
日    時 : 2015年11月8日(日) 13:00~17:30
会    場 : 一橋大学一橋講堂(東京都千代田区一ツ橋2-1-2 学術総合センター内)
参  加  費 : 無料
参加対象  : 一般市民、大学関係者、学生、行政職員、福島県から避難している方 他
主     催 : 国立大学法人福島大学、公立大学法人福島県立医科大学
後     援  : 文部科学省、復興庁、福島県、双葉地方町村会、公益社団法人経済同友会、
福島民友新聞社
          日本放送協会福島支局、福島テレビ、福島中央テレビ、福島放送、テレビユー福島
          ラジオ福島、ふくしまFM、朝日新聞、讀賣新聞、毎日新聞、日本経済新聞、福島民報社
協    力 : 国立大学法人一橋大学、伊藤園

【プログラム】
Ⅰ部 特別鼎談 「未来を拓く開拓者たち~復興と人づくり・地域づくり~」
  登壇者
   小泉進次郎氏 衆議院議員・ふたばの教育復興応援団
   糸井重里氏  ほぼ日刊イトイ新聞主宰
   開沼 博   FURE特任研究員
Ⅱ部 福島の現状報告
   報告者
    うつくしまふくしま未来支援センター活動報告  中田スウラ FUREセンター長
    福島県立医科大学報告  谷川攻一 福島県立医科大学副学長
    FURE食・農復興支援担当報告  小山良太 FURE副センター長
    FURE放射能汚染対策担当報告  塚田祥文   FURE部門長
Ⅲ部 パネルディスカッション 「福島の復興と地方創生」
    モデレーター  
      山川充夫氏 帝京大学教授(福島大学名誉教授)
    パネリスト
      清水潔氏  明治大学特任教授・元文部科学事務次官
      齋藤喜章氏  特定非営利活動法人ふくしま飛行協会理事長
      島宏平氏  オイシックス株式会社代表取締役社長
      竹之下誠一   福島県立医科大学復興担当理事
      本多環    FUREこども・若者支援部門特任教授
    FURE=福島大学うつくしまふくしま未来支援センターの略
※シンポジウムの妨げになる行為がある場合は、ご退場いただくことがあります。

福島で起きている災害弱者の孤立化、震災関連死等の問題は、今後、少子高齢化社会が激化する中で日本各地に出現する諸問題と共通性を持っている。これまで地方が内包してきた第一次産業の衰退や少子高齢化等の問題は、今後、日本各地で激化する深刻な問題だが、そうした諸問題が、福島では東日本大震災及び福島第一原子力発電所事故を契機に急速に表面化した。福島の地域復興の現状を把握し復興を進めるとともに、その復興過程で得られる経験(工夫・知恵)を、復興のみならず今後の地方復権・創生につなげ、「復興知・支援知」として活かし発信していくことは重要である。その為に、私たちは大震災・原発事故から何を学び何から始めなければならないのか、市民、学生など参加者にこの課題を提起し探究する。

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3月に京都で行われた同趣旨のシンポジウムは、なかなか参加者が集まらず、締め切りを過ぎても追加募集がかけられていましたが、今回は申し込みが多く、既に募集を停止しています。こういうイベントもあるよ、ということでのご紹介ということでよろしくお願いいたします。


もう1件、昨日、川内村での草野心平を偲ぶ集い「かえる忌」について書いた後、川内村関連で調べていたら、次のような情報を得ました。 

「藤村記念歴程賞」に川内村 詩を尊ぶ村民の姿勢評価

 同人詩誌「歴程」は9日、第53回「藤村記念歴程賞」に川内村を選んだ。同賞は年に一度、優れた詩集や文芸評論などに贈られるが、自治体が受賞するのは初めて。同誌は1935(昭和10)年にいわき市出身の詩人草野心平らによって創刊され、現在も年5回発行されている伝統ある同人誌。
  同村では、村内の平伏(へぶす)沼に生息するモリアオガエルをきっかけに、「蛙の詩人」として知られる心平と交流を深めており、心平を顕彰する天山文庫を建設、毎年恒例として「天山祭り」を開催してきた。原発事故後も祭りを続け、今年7月には50回記念の祭りを開くなど、震災に向き合い詩を尊ぶ村民たちの精神が評価された。賞金50万円と「草野心平日記」(全7巻)が村に贈られる。
 選考委員も務めた「歴程」発行人の新藤凉子さんは「めげることなく、全国に勇気や元気、希望を発信した村のありようそのものが詩的で、受賞にふさわしい」と評価。受賞を受け、遠藤雄幸村長は「天山祭りは今年50回を迎え、草野心平さん本人がいなくても祭りを続けたことが評価されたのではないか。名誉ある賞を頂くことができ光栄。あらためて草野心平さんや歴程の皆さんに感謝したい」と喜びを語った。
(2015年10月10日 『福島民友』)

『歴程』の皆さん、なかなか粋な計らいですね。記事中にある第50回天山祭についてはこちら


【今日は何の日・光太郎 拾遺】 10月30日

昭和24年(1949)の今日、連作詩「智恵子抄その後」を清書しました

六篇から成る連作詩で、翌年元日発行の雑誌『新女苑』第14巻第1号に発表されました。


  元素智恵子イメージ 1

智恵子はすでに元素にかへった。
わたくしは心霊独存の理を信じない。
智恵子はしかも実存する。
智恵子はわたくしの肉に居る。
智恵子はわたくしに密着し、
わたくしの細胞に燐火を燃やし、
わたくしと戯れ、
わたくしをたたき、
わたくしを老いぼれの餌食にさせない。
精神とは肉体の別の名だ、
わたくしの肉に居る智恵子は、
そのままわたくしの精神の極北。
智恵子はこよなき審判者であり、
うちに智恵子の睡る時わたくしは過ち、
耳に智恵子の声をきくときわたくしは正しい。
智恵子はただ嬉々としてとびはね、
わたくしの全存在をかけめぐる。
元素智恵子は今でもなほ
わたくしの肉に居てわたくしに笑ふ。


イメージ 2  メトロポオル

智恵子が憧れてゐた深い自然の真只中に
運命の曲折はわたくしを叩きこんだ。
運命は生きた智恵子を都会に殺し、
都会の子であるわたくしをここに置く。
岩手の山は荒々しく美しくまじりけなく、
わたくしを囲んで仮借しない。
虚偽と遊惰とはここの土壌に生存できず、
わたくしは自然のやうに一刻を争ひ、
ただ全裸を投げて前進する。
智恵子は死んでよみがへり、
かくの如き山川草木にまみれてよろこぶ。
変幻きはまりない宇宙の現象、
転変かぎりない世代の起伏、
それをみんな智恵子がうけとめ、
それをわたくしが触知する。
わたくしの心は賑ひ、
山林孤棲と人のいふ
小さな山小屋の囲炉裏に居て
ここを地上のメトロポオルとひとり思ふ。


  裸形イメージ 3

智恵子の裸形をわたくしは恋ふ。
つつましくて満ちてゐて
星宿のやうに森厳で
山脈のやうに波うつて
いつでもうすいミストがかかり、
その造型の瑪瑙質に
奥の知れないつやがあつた。
智恵子の裸形の背中の小さな黒子まで
わたくしは意味ふかくおぼえてゐて、
今も記憶の歳月にみがかれた
その全存在が明滅する。
わたくしの手でもう一度、
あの造型を生むことは
自然の定めた約束であり、
そのためにわたくしに肉類が与へられ、
そのためにわたくしに畑の野菜が与へられ、
米と小麦と牛酪とがゆるされる。
智恵子の裸形をこの世にのこして
わたくしはやがて天然の素中(そちゆう)に帰らう。


イメージ 4  案内

三畳あれば寝られますね。
これが水屋。
これが井戸。
山の水は山の空気のやうに美味。
あの畑が三畝、
いまはキヤベツの全盛です。
ここの疎林がヤツカの並木で、
小屋のまはりは栗と松。
坂を登るとここが見晴し、
展望二十里南にひらけて
左が北上山系、
右が奥羽国境山脈、
まん中の平野を北上川が縦に流れて、
あの霞んでゐる突きあたりの辺が
金華山沖といふことでせう。
智恵さん気に入りましたか、好きですか。
うしろの山つづきが毒が森。
そこにはカモシカも来るし熊も出ます。
智恵さん斯ういふところ好きでせう。


  あの頃イメージ 5

人を信ずることは人を救ふ。
かなり不良性のあつたわたくしを
智恵子は頭から信じてかかつた。
いきなり内懐に飛びこまれて
わたくしは自分の不良性を失つた。
わたくし自身も知らない何ものかが
こんな自分の中にあることを知らされて
わたくしはたじろいだ。
少しめんくらつて立ちなほり、
智恵子のまじめな純粋な
息をもつかない肉薄に
或日はつと気がついた。
わたくしの眼から珍しい涙がながれ、
わたくしはあらためて智恵子に向つた。
智恵子はにこやかにわたくしを迎へ、
その清浄な甘い香りでわたくしを包んだ。
わたくしはその甘美に酔つて一切を忘れた。
わたくしの猛獣性をさへ物ともしない
この天の族なる一女性の不可思議力に
無頼のわたくしは初めて自己の位置を知つた。


イメージ 6  吹雪の夜の独白

外では吹雪が荒れくるふ。
かういふ夜には鼠も来ず、
部落は遠くねしづまつて
人つ子ひとり山には居ない。
囲炉裏に大きな根つ子を投じて
みごとな大きな火を燃やす。
六十七年といふ生理の故に
今ではよほどらくだと思ふ。
あの欲情のあるかぎり、
ほんとの為事は苦しいな。
美術といふ為事の奥は
さういふ非情を要求するのだ。
まるでなければ話にならぬし、
よくよく知つて今は無いといふのがいい。
かりに智恵子が今出てきても
大いにはしやいで笑ふだけだろ。
きびしい非情の内側から
あるともなしに匂ふものが
あの神韻といふやつだろ。
老いぼれでは困るがね。


サトヱ記念21世紀美術館「生誕130年記念 斎藤与里展 ~巨匠が追い求めた永遠なる理想郷~」/佐野東石美術館「木彫の美-高村光雲と近現代の彫刻-」レポート。

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昨日は愛車を駆って埼玉、栃木方面に行っておりました。イメージ 9

まずは埼玉県加須市のサトヱ記念21世紀美術館さん。スポーツで有名な埼玉栄高校さんなどを含む佐藤栄(サトエ)グループさんによる私設美術館で、同じ傘下の平成国際大学さんが隣接していました。関東平野のど真ん中といった場所なので、広大な土地が利用可能だったようです。

こちらでは、先週から「生誕130年記念 斎藤与里展 ~巨匠が追い求めた永遠なる理想郷~」という、光太郎の盟友・斎藤与里(明18=1885~昭34=1859)にスポットを当てた企画展を開催中です。加須が与里の故郷であり、晩年の20年間を過ごした地でもあることによります。

「日本庭園と彫刻と絵画の美術館」というキャッチフレーズのとおり、門をくぐると、広大な庭園と、ブロンズ彫刻の数々。中にはロダン、佐藤忠良、舟越保武、橋本堅太郎など、光太郎ゆかりの作家の作品もありました。

庭園も立派で、もう少し経つと紅葉も見られるのかな、と思いました。池の鯉は非常に元気でした(笑)。





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館内に入り、まず常設展を拝観しましたが、こちらにもロダン作品が多数、さらに荻原守衛の「女」まであり、驚きました。

さて、企画展。80点ほどの与里の絵画作品が中心で、中村屋サロン美術館さんの特別展示でも感じましたが、どれも温かみのあるいい絵でした。下記はチラシですが、クリック2回で拡大します。

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解説パネルにも書いてありましたが、与里はその生涯に於いて、一定のイメージ 10画風というのは持たず、常に進化を続けようと模索を続けていました。もちろん、その根底には一本の芯が通っているのですが、青年期と晩年では、大きく画風が異なっていました。また、一見似たように見える同時期の作品群でも、筆致が少しずつ変化していくさまも見えました。

絵画以外の資料も充実していました。光太郎との接点であるヒユウザン会(のちフユウザン会)がらみの展示を特に興味深く拝見しました。

一番驚いたのは、大正元年(1912)11月23日、与里が青森の安田秀二郎に宛てた巻紙墨書の書簡。第1回ヒユウザン会展の直後で、安田はこの時、光太郎の油絵「自画像」を購入しています。右の画像のものですが、作品自体はのちに焼失してしまいました。

書簡には、この自画像が売れた後の光太郎をおちょくる戯画が描かれています。題して「顔の売れた侠客」。

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この書簡の存在は知っておりましたが、現物は初めて見ました。

このあたりの資料は、連翹忌ご常連の佐々木憲三氏のご提供でした。佐々木氏はこの企画展の関連事業として、来年に講演をなさいます。受付でそのチラシを戴きましたので、貼り付けておきます。

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さて、サトヱ記念21世紀美術館さんをあとに、次なる目的地、栃木県佐野市の佐野東石美術館さんを目指しました。こちらでは、「木彫の美-高村光雲と近現代の彫刻-」が開催中です。もう少し早く行くつもりだったのですが、何やかやで昨日になってしまいました。

佐野市は近年、「佐野ラーメン」で有名になりましたが、旧街道沿いにレトロな建築が立ち並ぶ、郷愁溢れる町でした。

同館はコンクリートの原料や線路の敷石などに使われる砕石を扱う東京石灰工業株式会社の社長だった・故菊池登氏が、文化教養の高揚に寄与する目的で設立されたとのこと。本社ビルの一角が美術館となっていました。

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「高村光雲と近現代の彫刻」と銘打たれていましたが、光雲作品は2点のみでした。大正9年(1920)の「牧童」、昭和7年(1932)の「狛犬」です。

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 また、光雲の盟友で東京美術学校での同僚でもあった石川光明、光雲の弟子の山崎朝雲、平櫛田中、さらにそれらの弟子―つまりは光雲の孫弟子―に当たる作家の作品が多く、「光雲の系譜」的な感じでした。

ただ、そうした系譜の作家の中には、独自色を出そうとするあまり、かえってそれが「臭み」となって、「これはどうなのかなあ」と思わせるような作もありました。師の引き写し、守旧一辺倒ではむろん駄目なのでしょうが、独自色も出し過ぎでは自らの首を絞める結果になり、難しいところですね。

光雲の弟子、といえば、陶芸家の板谷波山も東京美術学校彫刻科の卒業生です。しかし、彫刻ではなく、陶芸の道に進み、そちらで名を為しました。波山の作品も展示されていました。

帰りがけ、受付で光雲の「牧童」のポストカードが目にとまり、購入してきました。これはここでしか手に入らないと思います。

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サトヱ記念21世紀美術館さんの「生誕130年記念 斎藤与里展 ~巨匠が追い求めた永遠なる理想郷~」は来年3月13日まで、佐野東石美術館さんの「木彫の美-高村光雲と近現代の彫刻-」は12月20日までです。ぜひ足をお運びください。


【今日は何の日・光太郎 拾遺】 10月31日

大正8年(1919)の今日、智恵子の母校・日本女子大学校の同窓会誌『家庭週報』第539号に、評論「展覧会の作品批評を求められて」が掲載されました。

NHKさんの朝ドラ「あさが来た」。日本女子大学校創立のために尽力する広岡浅子の生涯を追っているものですが、はまっています。

12月に智恵子の故郷二本松で市民講座「智恵子講座’15」の講師を仰せつかっておりまして、テーマが「成瀬仁蔵と日本女子大学校」。そこで改めていろいろ調べ始めましたが、広岡浅子と智恵子が一緒に写った写真や、同じ会合に出席していた記録なども見つかりました。くわしくはのちほど。

志村ふくみさん文化勲章。

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一昨日、今年度の文化勲章・文化功労者の発表が行われ、染織家の志村ふくみさんが文化勲章を受けることになりました。 

文化勲章:紬織り、現代的に表現…イメージ 1志村ふくみさん

2015年10月30日 『毎日新聞』

◇志村ふくみさん(91)=染織家
 「たいへん重く受け止めております」。穏やかな語り口に責任感をにじませる。
 母の手ほどきを受けてこの道に進んだのは60年前。ゲーテの「色彩論」に出合ってから哲学的な思索も深め、紬(つむぎ)織りの奥深さを現代的に表現してきた。貫いてきたのは「植物から命をいただき、色をいただく」という謙虚な姿勢だ。
 東日本大震災を経た今、その思いを次世代に伝えることに注力する。2年前に始めた芸術学校「アルスシムラ」では、自然に対する感性を養い、平和の大切さを強調する。手応えが大きいことは、多忙を極めるのに生き生きとした表情からうかがえる。「若い人から元気をいただいています。私にとっては機を織ることが休みなんです」【岸桂子】


志村さんには『白夜に紡ぐ』(平成21年=2009 人文書院)というご著書があり、その中で光太郎についてふれて下さっています。10ページあまりの「五月のウナ電」というタイトルのエッセイです。

「五月のウナ電」という奇妙なタイトルは、そのまま昭和7年(1932)の雑誌『スバル』第4巻第2号夏季号に発表された光太郎の詩のタイトルです。


   五月のウナ電

アアスキヨク」 ウナ」 マツ」
アオバ ソロツタカ」コンヤノウチニケヤキハヲダ セ」カシノキシンメノヨウイセヨ」シヒノキクリノキハナノシタクヨイカ」トチノキラフソクヲタテヨ」ミヅ キカササセ」ゼ ンマイウヅ ヲマケ」ウソヒメコトヒケ」ホホジ ロキヤウヨメ」オタマジ ヤクシハアシヲダ セ」オケラナマケルナ」ミツバ チレンゲ サウニユケ」ホクトウノカゼ アメニユダ ンスルナ」イソガ シクテユケヌ」バ ンブ ツイツセイニタテ」アヲキ トウメイタイヲイチメンニクバ レ」イソゲ イソゲ 」ニンゲ ンカイニカマフナ」ヘラクレスキヨクニテ」

当時の電報のスタイルで書かれた詩で、題名の「ウナ電」、冒頭の「ウナ」は速達電報のこと。詳しくはこちら。同様に「マツ」は「別使配達」の意味だそうです。当時の技術では電文はすべてカタカナ。濁音の後には必ずスペースが入るので「ニンゲ ン」というふうになるわけです。

無理を承知で書き下してみます。


地球(アアス)局」ウナ」マツ」
青葉、揃つたか。 今夜のうちに欅(けやき)、葉を出せ。 樫の木、新芽の用意せよ。椎の木、栗の木、花の支度よいか。 栃の木、蝋燭を立てよ。 ミズキ、傘させ。 ゼンマイ、渦を巻け。 うそ姫、琴弾け。 頬白、経読め。 おたまじゃくしは足を出せ。 おけら、怠けるな。 蜜蜂、レンゲ草に行け。 北東の風、雨に油断するな。 忙しくてゆけぬ。 万物、一斉に立て。 アオキ、透明体を一面に配れ。 急げ、急げ。人間界に構ふな。 ヘラクレス局にて

「ヘラクレス」はギリシャ神話のヘラクレス神というより、星座としてのヘラクレス座でしょう。宇宙の彼方から、地球の木々や鳥、虫たちに届けられた電報、というわけです。


自然界のさまざまな素材から「色」を紡ぎ出す志村さん。光太郎詩「五月のウナ電」に謳われた草木や小動物への語りかけにいたく共鳴したのでしょう。染織した布を使って、ブックデザイン――というより、美術工芸品としての書籍製作――も手がける志村さん、この詩に啓発され、シンジュサン工房の山室眞二氏と組んで、平成16年(2004)には、『配達された五月のウナ電』という書籍も作られています。『白夜に紡ぐ』所収の「五月のウナ電」には、そのあたりの経緯も記されています。

また、この詩が書かれた昭和7年(1932)の時点での光太郎智恵子(前年から智恵子の心の病が顕在化)、さらに二人を取り巻く社会状況(軍部の台頭)などについても。

志村さん曰く「この詩の背景にはこれほどの時代と人間の相克があり、高村光太郎という詩人の魂にふれてしびれるように感動した。」。

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『配達された五月のウナ電』は65部限定。山室氏と交流のあった、当会顧問・北川太一先生がお二人に「五月のウナ電」のレクチャーをなさったことから解説を執筆されています。当方、北川先生から、カラーコピーで複製されたものを戴きました(右上画像)。表紙に使われているのは、志村さんの手になる裂(はぎれ)です。先の「しびれるように感動した」云々は、ここに収められた北川先生の解説を読まれてのことです。


さて、志村さん。おん年91歳です。この受賞を機に、これからもまだまだお元気でご活躍戴きたいものです。


【今日は何の日・光太郎 拾遺】 11月1日

大正元年(1912)の今日、智恵子が扉絵を描いた雑誌『劇と詩』第26号が発行されました。

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光太郎の絵画「食卓の一部」も掲載され、数少ない光太郎智恵子両名の作品が同時に載ったケースです。

映画「FOUJITA」。

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藤田嗣治(明治19年=1886~昭和43年=1928)。独自の乳白色を用いた裸婦画などで、エコール・ド・パリを代表する画家の一人となりました。東京美術学校彫刻科を卒業した光太郎は、同科研究生を経て、明治38年(1905)に同校西洋画科に再入学しましたが、その際の同級生に藤田が居ました。藤田は光太郎の3歳下(すなわち智恵子と同じ)になります。ちなみに岡本太郎の父・一平や、社会主義運動にも関わった望月桂も同級生でしたし、教授陣は黒田清輝、藤島武二らと、多士済々、きら星の如しですね。

光太郎と藤田の直接の交流はこの時期だけでした。藤田は同校卒業後、光太郎とほぼ入れ違いに渡仏、活動拠点をそのままパリに置きます。昭和に入ってから帰国、光太郎同様、泥沼の戦争に巻き込まれ(あるいは積極的に関わり)、戦後には戦争協力を批判され、また渡仏。結局、フランス国籍を取得、日本に帰ることなく昭和43年(1968)にスイスで歿しました。

そんな藤田を主人公にした日仏合作の映画が製作され、今月14日に封切られます。 
公  開  日 : 2015年11月14日(土) 全国ロードショー
場    所 : 角川シネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか
出    演 : オダギリジョー、中谷美紀、アナ・ジラルド、アンジェル・ユモー、マリー・クレメール、加瀬亮、
          りりィ、岸部一徳
 製   作 : 井上和子、小栗康平、クローディー・オサール
監督・脚本 : 小栗康平
音    楽 : 佐藤聰明
配    給 : KADOKAWA

 2015年/日本・フランス/日本語・フランス語/カラー/126分
© 2015「FOUJITA」製作委員会/ユーロワイド

『死の棘』で第43回カンヌ国際映画祭審査員特別グランプリ&国際批評家連盟賞をダブル受賞、『泥の河』『伽倻子のために』『眠る男』など海外でも高く評価される小栗康平監督の、十年ぶりとなる最新作だ。パリで絶賛を浴びた裸婦は日本画的でもあり、大東亜の理想のもとに描かれた“戦争協力画”は西洋の歴史画に近い。小栗監督は「これをねじれととるか、したたかさととるか。フジタは一筋縄で捉えられる画家ではない」と語る。戦後、「戦争責任」を問われたフジタはパリに戻り、フランス国籍を取得。以来、二度と日本の土を踏むことはなかった。フジタは二つの文化と時代を、どう超えようとしたのか。
フジタを演じるのは、韓国の鬼才キム・ギドク監督作品に出演するなど海外での活躍も目覚ましいオダギリジョー。フランスとの合作は本作が初めてである。映画の半分を占めるフランス語の猛特訓を受けて、見事にフジタを演じた。フジタの5番目の妻・君代役には、『電車男』『嫌われ松子の一生』『縫い裁つ人』などで名実ともに日本を代表する女優 中谷美紀。さらに、加瀬亮、りりィ、岸部一徳ら味わい深い個性派が集まった。フランス側のプロデューサーは、世界的大ヒットとなった『アメリ』のほか、アート系の作品も数多く手掛けるクローディー・オサール。静謐な映像美で描く、フジタの知られざる世界が現出した。


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単に光太郎の同級生を主人公としているだけでなく、劇中に光太郎詩「雨にうたるるカテドラル」が使われているというのです。この詩は大正10年(1921)に復刊成った第二次『明星』創刊号を飾った詩で、パリ留学中に訪れたノートルダム・ド・パリをモチーフに、圧倒的な西洋美術の重厚感を謳った100行を超える大作です。藤田にしても光太郎にしても、当時の美術家達が「西洋」をどう受容していったのか、という経緯を考える上で、この作品は格好の題材となるでしょう。

さて、一昨日になりますが、NHKEテレさんの「ETV特集 FOUJITAと日本」で、小栗康平監督がご出演、映画「FOUJITA」について語られていました。事前に把握していなかったので紹介できませんでした。申し訳ありません。ただ、再放送がありますので、ご紹介します。
 
NHKEテレ 2015年11月6日(金)  24時00分~25時00分=11月7日(土) 午前00時00分~1時00分

戦後70年の今年、画家・藤田嗣治を再発見しようとする試みが進む。フランスで初公開の作品、初めて一同に公開される戦争画。小栗康平監督による映画化などから実像に迫る。

藤田嗣治。パリで最も有名な日本人画家でありながら、戦争画を描いたことをきっかけに日本を離れ、フランスに帰化、日本ではその実像が厚いベールに覆われてきた。戦後70年の今年、再評価が進む。小栗康平監督による初の映画化、その生涯を日本の近代化の中で見つめるという。フランスでは遺族が寄贈した数々の遺品が初公開され、東京国立近代美術館では初めて戦争画が一同に公開される。戦争画の真実とは?画家の実像に迫る。

演 小栗康平
語り 中條誠子

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映画(上映館はこちら)、テレビとも、ぜひご覧下さい。



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こちらもぜひご覧下さい。


【今日は何の日・光太郎 拾遺】 11月2日

平成12年(2000)の今日、新橋演舞場で、松竹製作、津村節子さん原作の舞台「智恵子飛ぶ」が開幕しました。

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智恵子役は片岡京子さん、光太郎役は平幹二朗さんでした。

『週刊ポスト』11月13日号「【大特集】三行広告 その奥深き世界を歩く」。

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現在発売中の『週刊ポスト』さんの11月13日号。16ページにわたり、「【大特集】三行広告 その奥深き世界を歩く」という記事が組まれています。

「三行広告」とは、主にスポーツ新聞などに掲載されるちょっと怪しい求人情報などの広告を指すことが多いのですが、ここではもう少し範囲を広げ、尋ね人や葬儀告知、純粋な広告なども扱っています。

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後半8ページは「【実録】本当にあった三行広告のドラマ」という見出しです。松下幸之助が考えたまだベンチャー企業だった時代のナショナルの広告、グリコ森永事件で犯人との取引連絡に使われたダミーの広告、『毎日新聞』さんに実際に載ったゴルゴ13への「仕事」の依頼広告――13年式G型トラクター買いたし――(実は宣伝)などに交じって、光太郎の出した広告も取り上げられています。

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左上には中野のアトリエで「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」制作中の光太郎。

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こちらが光太郎の部分です。

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問題の広告は、一昨年、このブログの【今日は何の日・光太郎】で取り上げました。大正3年(1914)の『時事新報』に載った、彫刻のモデルを募集する広告(右の画像)です。「三行じゃなくて、二行広告じゃないか」という突っ込みはやめましょう(笑)。

記事では昭和30年(1955)に雑誌『新潮』に載ったエッセイ「モデルいろいろ」からの引用もなされています。ただ、発表年を「1970年」としているのは大間違いですが……。また、見出しに「女性たちが殺到した」とあるのも大げさかな、という気がします。

広告ではありませんが、大正13年(1924)の8月、『東京朝日新聞』には、光太郎のこんな文章が載りました。アンケートに近いものですが、「もでる」とひらがな表記になっていたりするので、談話筆記かも知れません。


   探してゐるもの

 私のやうな貧乏な無風流漢には趣味ある探しものなど、めつたにありません。唯年中探し求めてゐるのはよいもでるです。職業的の人を好まないため、却々(なかなか)むづかしい事です。
 自分のいいと思つた人を誰でも頼める特権があつたらなあと時々おもひます。


さらに同じ年の11月には、アンサー報告的な文章も載りました。「探してゐるもの 探し当てた報告」というコーナーです。


   いゝモデル

 此間私が職業的ならぬモデルを常に探してゐるといふ事を申して以来、夫(それ)に就いて私に同情を寄せてくれる人の多いのを喜んでゐます。首ぐらゐならば随分無理な時間の都合をして来てくれる友人も出来、又未知の青年や婦人から全身のモデルになつてもいゝといふ意を通ぜられてもゐます。大変勇気を得ましたが今後も絶えず探してゆかうと思つてゐます。


モデルの需要と供給に関しては、光太郎に限らず多くの美術家が頭を抱えていたようで、光太郎の盟友・岸田劉生なども、知人を片っ端からモデルにしたがり、「岸田の首狩り」と揶揄されたり、顰蹙を買ったりしたそうです。

この辺りを書きはじめると、きりがないので、最後イメージ 7に光太郎の詩でオチをつけます。大正14年(1925)の作です。


  首狩

首が欲しい、
てこでも動かないすわりのいい首、
どこからともなく春蘭のにほふ首、
ふうわりと手に持てる首、
銀盤にのせて朝の食卓に献ずる首、
まるでちがつた疾風(はやて)の首、
夢をはらんで理知に研がれた古典の首、
電気に充ちて静まり返つた嵐の前の首、
メフヰストをなやます美女の首、
だがやつばり男の首、
ただぽつかりと置ける首、
それでゐて底の知れない無垢の首、
合口をふところにして
又今日も市井のざわめきにまぎれこまう。


【今日は何の日・光太郎 拾遺】 11月3日

昭和21年(1946)の今日、花巻町羅須地人協会跡に立つ、光太郎が碑文を揮毫した宮澤賢治「雨ニモマケズ」詩碑の誤りを訂正、追刻しました。

花巻高村光太郎記念会会長の佐藤進氏著『賢治の花園―花巻共立病院をめぐる光太郎・隆房―』(地方公論社 平成5年=1993)から。

 昭和二十一年十月二十三日付の手紙で高村先生は父に詩碑の加筆について、次のように書き送ってくれました。

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 以前よりの懸案ではありましたが、賢治さんの詩碑に脱字があったり誤字があったりしているので、これを改めたいとお願いしたところ、高村先生が詩碑に直接加筆され追刻することになり、その心ぐみでそろそろ寒くなった東北の十一月の一日に山から出かけ、私の家に来ました。
 一日おいた三日の朝です。東北の十一月、既に肌寒く、吐く息が白々と見える冴えた冷い朝でした。高村先生に清六さんと父と私とがお供をして桜の詩碑に行きました。着いてみると、先にこの賢治の詩碑を彫った石工の今藤清六さんが、先に来て、詩碑の前に板をさしわたした簡単な足場を作っておき、そのかたわらで焚火をしていました。
 先生はおもむろに碑を眺め、やがて足場に上り、今、加筆をはじめようとしています。
 万象静寂の中に、人も静まり気動かず、冷気肌をおおい、立ち上る煙のみがその静寂を破っているばかりです。先生は筆を取り、『松ノ』『ソノ』『行ツテ』を加筆し、『バウ』を『ボー』とわきに書き替えました。つづいて裏に父が「昭和二十一年十一月三日追刻」と書き入れました。
 高村先生の父にあてた十一月六日付の葉書きは次の通りです。

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賢治詩碑の誤字脱字については、以下をご参照下さい。


「趣味どきっ!女と男の素顔の書 石川九楊の臨書入門 第5回「智恵子、愛と死 自省の「道程」 高村光太郎×智恵子」」レポート。

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書家・石川九楊氏と共に番組のナビゲータ役を務める女優の羽田美智子さんによる「レモン哀歌」の朗読から始まりました。

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JR在来の花巻駅に降り立った石川氏と羽田さん、路線バスに乗り込み、光太郎が戦後の昭和20年(1945)秋から7年間を過ごした旧太田村の高村山荘へ。花巻高村光太郎記念会の高橋氏がお出迎え。

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通常は立ち入れない、山荘内部に入り、ありし日の光太郎に想いを馳せられました。

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その後、隣接する花巻高村光太郎記念館に移動。太田村時代の書の数々を御覧になりました。

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ここで、羽田さんのナレーションによる、光太郎智恵子の生涯のレクチャー。毎年4月2日に、花巻連翹忌が行われる松庵寺さん(光太郎が毎年のように光雲・智恵子の法要を行い、詩碑も立っています)、二本松の智恵子生家、智恵子の書簡、「十和田湖畔の裸婦群像(通称・乙女の像)」なども次々紹介されました。カメラマン阿部徹雄撮影の写真や、当方の提供した古写真などが効果的に使われていました。

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その後、この番組の肝、羽田さんによる臨書。

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記念館に展示されている光太郎の書「甘酸是人生」の中から、「人生」の二文字に、羽田さんが挑戦しました。

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同じ番組で、与謝野晶子や太田垣蓮月の流れるような「女手」にはさほど苦労していなかった羽田さんでしたが、はじめは光太郎の独特の筆法に悪戦苦闘。しかし、石川氏の丁寧なご指導で、紙に筆で彫刻するような書き方を体感することができました。

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当方、かつて石川氏の著作などを拝読し、こうした筆遣いの特異性については頭では理解していたつもりでしたが、映像で臨書の場面を拝見し、実感がわきました。

見逃した方、再放送が2回あります。

NHK総合  2015年11月5日(木)   10時15分~10時40分
NHKEテレ 2015年11月10日(火)   11時30分~11時55分

さらに、今月末には最終回として「「雨ニモマケズ」 最愛の妹への思い 宮沢賢治×宮沢トシ」のオンエアがあります。こちらでも花巻つながりで光太郎に触れるかもしれません。ぜひご覧下さい。

本放送 NHKEテレ  2015年11月24日(火)   21時30分~21時55分
再放送 NHKEテレ 2015年12月1日(火)    11時30分~11時55分
(NHK総合での再放送は未定)

また、番組のテキストもぜひお買い求め下さい。


【今日は何の日・光太郎 拾遺】 11月4日

明治44年(1911)の今日、鉄幹与謝野寛の渡欧送別会に出席しました。

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後列左から5人目が光太郎、前列左から6人目が鉄幹です。

その他、後列左から4人目は佐藤春夫、同じく8人目は北原白秋、その隣が木下杢太郎。前列左から3人目に永井荷風、その隣に森鷗外も写っています。

知恩院 秋の紅葉ライトアップ2015/東京国立博物館ミュージアムショップ 精密複製彫刻高村光雲作老猿。

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光太郎の父・光雲関連情報を2件。 
期   間  : 2015年11月6日(金)~12月5日(土)
拝観時間  : 17時30分~21時30分(21時受付終了)
場   所  : 浄土宗 総本山知恩院(京都市東山区林下町400 ) 友禅苑、阿弥陀堂、黒門
拝 観 料 : 大人800円(高校生以上) 小人400円(小・中学生) 団体割引 大人30名以上、1割引き
 
後   援  : 京都府、京都市、(公社)京都府観光連盟、(公社)京都市観光協会、
          (公財)京都文化交流コンベンション  ビューロー、京都商工会議所
協   賛  : 京阪電気鉄道(株)、古川町商店街振興組合、宮崎友禅翁顕彰会

今年の知恩院ライトアップは友禅染の創始者宮崎友禅斎を祀る庭園「友禅苑」、阿弥陀如来坐像をお祀りする「阿弥陀堂」、紅葉の名勝である「黒門」をライトアップします。
また、阿弥陀堂前にて献灯ロウソクを実施いたします。
ロウソクの灯りとLEDライトを積極的に使用して、節電に取り組んでいます。

主な見どころ】
 友禅苑
友禅染の祖、宮崎友禅斎ゆかりの庭園。池泉式庭園と枯山水で構成され、補陀落池は高村光雲作の聖観音菩薩立像が佇んでいます。移ろう季節の中で、秋の趣を感じることが出来ます。
 
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 阿弥陀堂
明治43(1910)年に再建。本尊は御身丈2.7mの阿弥陀如来坐像。様々な法要儀式を執り行う堂宇です。堂内に並べられている木魚は自由に叩いて頂けます。法然上人のみ教え「お念仏」に触れて下さい。
※法要儀式のため閉門する場合がございます。
 
 黒門
徳川将軍家による寺領拡大と共に組まれた石垣と、桃山城より移設した城郭風の黒門が特徴で、現在では知恩院境内有数の紅葉の名勝となっており、背景に京の街並みを見渡すことができます。
 
 献灯ロウソク
ライトアップ期間中、知恩院の阿弥陀堂前で献灯ロウソクを行います。献灯台へ祈りの灯をお捧げください。

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知恩院さんに鎮座まします光雲原型の観音像、この春に拝見して参りました。

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こちらが紅葉をバックに光の中に浮かび上がるとなると、さぞ幻想的でしょう。


もう1件、東の京からです。

上野の東京国立博物館(トーハク)内のミュージアムショップさんで、新製品がお目見えしました。 
商品コード : BI-132
価   格  : 39,960 円(税込み)
素   材  : ポリストーン(石粉、合成樹脂混合)
サ イ ズ  : 高さ200mm 幅190mm 奥行き160mm
重   量  : 1,250g
カ ラ ー   : 木肌色(所蔵作品に基づく着色)
※飾り板付属

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同館に所蔵されている、ご存じ重要文化財「老猿」のレプリカです。オンラインショップでも購入可能です。

少し前には田中貴金属ジュエリーさんの純金製置物「申」をご紹介しましたが、来年が申年ということも関係しているのでしょうか。

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ちなみにトーハクミュージアムショップさんでは、もう1点、「ボトル栓 老猿」という商品も扱われています。こちらは新製品というわけではないようですが。

また、オンライン販売はありませんが、「老猿」のポストカードも販売されています。

これを機に、「老猿」グッズがもっと増えてほしいところです。俵屋宗達の「風神雷神図屏風」、伝・鳥羽僧正作の「鳥獣戯画」などは広く商品化されています(当方もいろいろと愛用しています)。近代物は難しいのかもしれませんが。


【今日は何の日・光太郎 拾遺】 11月5日

昭和27年(1952)の今日、即興詩「(四つの仮面は)」を作りました。

  (四つの仮面は)

四つの仮面は不可避の造型
踊り静まる勘紫乃を
おれの手のやうな手が
つつむ
幕がおりる

筑摩書房『高村光太郎全集』第19巻の解題を引き写します。

 昭和二十七年十一月五日夜、帝国劇場で催された藤間勘紫乃舞踊発表会のプログラムに書き付けられた。当日上演された「四つの仮面舞踊の為のエチユード」と題する作品のための詩は、Ⅰ不安、Ⅱ戦争、Ⅲ苦悶、Ⅳ希望の四部に分れ、作詩者は草野心平だった。美術担当は岡田謙吉で、舞台装置の中央に、光太郎の彫刻「手」に似た向かい合う二つの手首が作られていた。光太郎は当夜、デザイナー石井荘男の乞いにまかせて、そのプログラムに「踊は人をあつめ 人をむすぶ」と書いたあと、手元にあったプログラムにこの詩をしたため、勘紫乃にそのプログラムを渡すよう依頼したという。「光 Le5 Nov.1952」の署名がある。

「ほんとの空」関連/加藤治子さん訃報。

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「智恵子抄」がらみでいくつか情報をお届けします。

まずは智恵子の故郷、二本松から、地元紙『福島民友』さんの記事。先月もご紹介した「ほんとの空体操」関連です。 

「ほんとの空体操」で介護予防 二本松で健康体操教室

 二本松市は、元気な高齢者を増やし介イメージ 3護予防につなげようと、「市民の歌」に合わせた健康体操「ほんとの空体操」をつくった。2日、同市の岩代総合文化ホールで普及のための健康体操教室を開いた。
 同体操は、高齢者が運動するきっかけにしてもらおうと、県健康運動指導士会理事などを務める同市の吉井雅彦さん(快フィットネス研究所長)が考えた。
 普段動かさない筋肉をほぐすストレッチの動きが基本で、同市出身の紙絵作家高村智恵子が愛した「ほんとの空」を見上げる動きも取り入れられている。
 市高齢福祉課の高橋久美子さんは「若い人にも肩こり予防などで活用してほしい」と話している。
2015年11月02日


「ほんとの空」といえば、二本松では「ほんとの空」を守るPR隊「二本松少年隊」の皆さんがご活躍中です。『広報にほんまつ』の今月号では、第二期生募集の記事が載っていました。 

「二本松少年隊」二期生募集

~今年1月に結成し、市内外のイベントで活躍中の「二本松少年隊」。その二期生を募集します~

二本松少年隊とは
  二本松の素晴らしさを全国に発信するため、観光イベントなどで殺陣を中心としたパフォーマンスを披露しています。

少年隊の活動
 ・イベント活動は、土・日・祝日が中心となります。
 ・基本的にボランティアでの活動となります。※交通費などは支給します。
 ・練習は、市内の会場で週3回行います。時間は18:00~20:30です。
 ※ 毎週月・水・土曜日に勤労者福祉会館(向原)で練習していますので、興味のある方は練習風景を見学にお越しください。なお、練習日程が変更になる場合もありますので、事前にお問い合わせください。

募集人員 5人程度

応募資格 ・年齢は高校生~30歳代まで
 ・男性、女性は問いません。
 ・市外在住の方でも構いません(二本松市に通える方に限ります)。
 ・1年以上活動できることが条件です。

応募方法
 ・ 所定の応募用紙に記入の上、観光課(二本松おもてなし隊)まで持参、郵便またはメールでご応募ください。
 ・ 応募用紙は、市役所や各支所などで配布しているほか、市ウェブサイトからもダウンロードできます。

募集期限 12月1日(火) ※消印は11月30日まで有効です。

オーディション  12月6日(日)午前10時から、簡単な動きやセリフのオーディションを行います。詳しくは応募者へ直接連絡します。

◎問い合わせ…観光課観光立市係☎(55)5095

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市のサイトにも詳細情報が掲載されています。応募資格のある方、ぜひどうぞ。当方は年令制限に引っかかって応募できません(笑)。


「ほんとの空」といえば、元々は「智恵子抄」に収められた「あどけない話」からの引用です。「智恵子抄」ということになると、昭和37年(1962)、文化放送さんからオンエアされたラジオドラマ「智恵子抄」で、智恵子役を務められた加藤治子さんの訃報が出ました。 

加藤治子さん死去 「寺内貫太郎一家」母親役

 テレビドラマ「寺内貫太郎一家」などの母親役で知られた俳優の加イメージ 2藤治子(かとう・はるこ)さんが2日、心不全のため死去した。92歳だった。葬儀は近親者で営まれた。
 東京・赤坂生まれ。松竹少女歌劇学校卒業。39年東宝映画に入社し、御舟京子の芸名で映画「花つみ日記」でデビュー。41年に東宝を離れ、劇作家の加藤道夫や芥川比呂志らの「新演劇研究会」結成に参加。加藤作「十一月の夜」で新劇俳優として初舞台を踏んだ。
 46年に加藤と結婚したが53年に死別。49年「麦の会」として文学座に合流した。58年文学座の俳優高橋昌也と再婚し、63年福田恒存、高橋、芥川と劇団「雲」を結成するが、73年に高橋と離婚し、75年には退団した。
 以後、フリーとしてテレビを中心に活躍し、上品で色気のあるお母さん役でお茶の間の人気者になった。脚本家の故・向田邦子と親交が深く、「寺内貫太郎一家」(TBS系、74年)、「阿修羅のごとく」(NHK、79~80年)など多くの向田作品に出演した。
 舞台でも味わい深い存在感をみせ、99年「三婆」の武市タキ役で菊田一夫演劇賞、01年新国立劇場「こんにちは、母さん」の母親役で、紀伊国屋演劇賞などを受賞。02年に勲四等宝冠章を受章した。
 04年には宮崎駿監督「ハウルの動く城」に声優として出演。3年ほど前から体調を崩し、昨年から自宅療養をしていたという。
(『朝日新聞』)

元ご主人の故・高橋昌也さんも、舞台で光太郎役を演じられていました。高橋さんも昨年ご逝去されています。

謹んでご冥福をお祈り申し上げます。


【今日は何の日・光太郎 拾遺】 11月6日

昭和28年(1953)の今日、上野の東京国立博物館で開催されていた「書道名品展」を観覧しました。

先日、NHKさんで放映された「趣味どきっ!女と男の素顔の書 石川九楊の臨書入門 第5回「智恵子、愛と死 自省の「道程」 高村光太郎×智恵子」」でも触れられていましたが、晩年の光太郎は書に強い関心を抱いていました。

当時、同館に勤務し、光太郎と深い交流のあった美術史家の奥平英雄は次のように回想しています。

 帰京の翌二十八年の秋、東京国立博物館で大がかりな書道名品展があったとき、光太郎もこれを見にきたが、この展観には大きな感銘をうけたと見え、その後もいろいろとこれが話題にのぼった。博物館で発行している『博物館ニュース』に、この展覧会にちなんで光太郎の原稿を載せたいというので私はそのお使いにいったが、そのとき書いてくれたのが「書の深淵」という文章で、これが戦後はじめて書いた書論であった。わずか原稿用紙三枚ばかりの短いものだけれども、簡潔ななかに彼ならではと思われるような、光彩を放った名文であった。

碧南市藤井達吉現代美術館企画展「画家の詩、詩人の絵  絵は詩のごとく、詩は絵のごとく」。

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愛知県碧南市の藤井達吉現代美術館さんから、企画展の情報です。平塚市美術館さんから始まった同じ企画展の巡回です。 
会  期 : 2015 年11月17 日(火) ~12月20 日(日)
時  間 : 10:00 ~ 18:00(入場は17:30 まで)
会  場 : 碧南市藤井達吉現代美術館 愛知県碧南市音羽町一丁目1番地
休 館 日 :  月曜日( ただし11月23日(月・祝)は開館し、11月24日(火)は休館)
料  金 : 一般800(640) 円、高大生500(400) 円、小中学生300(240)円 ※()は20名以上の団体
主  催 : 碧南市藤井達吉現代美術館、碧南市、碧南市教育委員会、読売新聞社、美術館連絡協議会

 古来、西洋では「絵は黙せる詩、詩は語る絵」といわれてきました。日本でも画賛(がさん)、詞書(ことばがき)が絵画の重要な役割を果たし、「詩書画」の一致を成してきました。一方、日本の近代洋画は、文学からの自立を目指した西洋近代美術の影響のもとで始まっています。特に印象派以後、新しい造形表現を積極的に取り入れた結果、実に多様な作品がうまれました。しかし、現実の生きた情感から浮き上がった作品が多く生まれたことも事実です。こうした中で、村山槐多、長谷川利行、古賀春江、三岸好太郎、山口薫などは、西洋近代美術に学びながらも、文学性、詩情を拠りどころとして優れた作品を残しています。さらにまた、詩の世界では宮沢賢治、立原道造、草野心平らが独自性のある絵を描いています。ある意味では、モダニズムが斥けてきた詩情、文学性を活かすことで、日本独自の絵画が成立したといえます。
  近年では、一部の画家たちが積極的に詩の世界に接近し、新しい表現を生み出そうとしています。本展は、明治から現代までの画家と詩人の絵画と詩を一堂にあつめ、絵画と詩の密接なつながりを検証するものです。
 
画家
 小杉未醒、青木繁、竹久夢二、萬鐡五郎、藤森静雄、恩地孝四郎、田中恭吉、中川一政、長谷川利行、古賀春江、川上澄生、村山槐多、谷中安規、三岸好太郎、棟方志功、長谷川リン二郎、難波田龍起、山口薫、香月泰男、南桂子、松本竣介、浅野弥衛、飯田善國、草間彌生、田島征三、芥川麟太郎、藤山ハン、難波田史男、イケムラレイコ、瓜南直子、O JUN、小林孝亘、鴻池朋子、村瀬恭子、伊庭靖子
 
詩人
 正岡子規、高村光太郎、北原白秋、木下杢太郎、萩原朔太郎、佐藤春夫、西脇順三郎、宮沢賢治、佐藤一英、尾形亀之助、稲垣足穂、岡崎清一郎、富永太郎、小熊秀雄、北園克衛、瀧口修造、草野心平、中原中也、長谷川四郎、まど・みちお、立原道造、三好豊一郎、新国誠一、木島始、春日井建、吉増剛造、田畑あきら子、山本陽子

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関連行事

■記念講演会 
<第1回>
日 時 2015年11月21日(土) 午後2時~3時30分
講 師 酒井忠康 氏 (世田谷美術館 館長)
内 容  「画家の詩、詩人の絵」
場 所 大浜まちかどサロン2階(美術館向かい)
定 員 先着60名 (定員になり次第締切)
<第2回>
日 時 2015年11月28日(土) 午後2時~3時30分
講 師 馬場駿吉 氏 (名古屋ボストン美術館 館長)
内 容 「詩と絵画」
場 所 大浜まちかどサロン2階(美術館向かい)
定 員 先着60名 (定員になり次第締切)
【申込方法】  聴講無料。2015年10月20日(火)より受付します。お電話にて、住所、氏名、電話番号、参加人数をお知らせください。

■ミュージアムコンサート ~セントラル愛知交響楽団メンバーによる室内楽コンサート~
 FM愛知”おはクラサタデー”などでもお馴染みの山本雅士ナビゲーターによるミュージアムコンサート。展示されている絵にちなんだ曲目を中心におもしろいエピソードを交えてお楽しみいただきます。
日 時 2015年12月5日(土) 午後7時~午後8時
出 演 セントラル愛知交響楽団 弦楽四重奏
内 容 モーツァルト:ディベルティメントK.136より  宮澤賢治:星めぐりの歌 ほか
定 員 100名 
参加費 無料(展覧会の観覧には観覧料が必要です)
場 所 美術館1階 エントランスホール
【申込方法】  2015年10月20日(火)午前10時より受付を始めます。お電話にて、住所、氏名、年齢(学年)、電話番号、参加人数をお知らせください(先着順)。参加費は当日徴収いたします。

■ワークショップ
日 時 2015年12月6日(日) 午後1時~午後4時
内 容 「木版で造るオリジナル便箋」自分だけの文様を彫った木版で、便箋やハガキを作ろう!
対 象 中学生以上
定 員 15名 (定員になり次第締切) ※汚れてもいい服装でお越しください
参加費 500円
場 所 美術館地下1階 創作室
【申込方法】  2015年10月20日(火)午前10時より受付を始めます。お電話にて、住所、氏名、年齢(学年)、電話番号、参加人数をお知らせください(先着順)。参加費は当日徴収いたします。

★参加型プログラム
日 時 2015年11月17日(火)~12月20日(日) 会期中随時
内 容 「あなたも挑戦! ―語りかける絵、彩られた詩―」絵や詩から連想したことを自由に書いてみよう!
参加費 無料
場 所 展示室周辺
対 象 ご観覧の方どなたでも 
※お申し込みは不要です。ご来館の際は是非お気軽にご参加ください。

■ギャラリー・トーク
当館学芸員が展示作品の解説を行います(約30分)。
日 時 12月: 12日(土)、19日(土) 午後2時より
備 考 予約不要・観覧券をお持ちの上、美術館2階ロビーにお集まりください。


光太郎の作品は3点展示されます。

大正3年(1914)に描かれた「日光晩秋」。それから同年に描かれた洋酒の瓶と果実を描いた「静物」、そして新潟・佐渡島の歌人・渡邊湖畔の息女を描いた「渡辺湖畔の娘道子像」(大正7年=1918)です。このうち「日光晩秋」は、図録に掲載があるものの、平塚市美術館さんでは展示されませんでした。今回は並ぶそうです。

同館は一昨年にやはり全国巡回の「生誕130年 彫刻家高村光太郎展」展を開催して下さりました。館周辺の街並みも趣深く、いいところです。ぜひ足をお運びください。

この「画家の詩、詩人の絵-絵は詩のごとく、詩は絵のごとく」展、平塚市美術館さんを皮切りに、以下の日程で全国巡回が予定されています。

2015年11月17日(火)~12月20日(日)  愛知県碧南市藤井達吉現代美術館
2016年2月13日(土)~3月27日(日)    姫路市立美術館
2016年4月9日(土)~6月12日(日)    栃木足利市立美術館
2016年6月18日(土)~8月7日(日)    北海道立函館美術館


【今日は何の日・光太郎 拾遺】 11月7日イメージ 3

昭和63年(1988)の今日、大和書房から精神科医・斎藤茂太の『ベスト・カップル ワースト・カップル―しあわせを呼ぶ相性判断』が刊行されました。

当時はまだ時代遅れとされていなかったクレッチマーの性格類型論を元に、女性向けに書かれた恋愛論です。読み物としては面白いと思いました。

「あなたが百恵さんのような落ちついたタイプだったら」「あなたがおしんのようなしっかりタイプだったら」「キミが我の強いタイプ、たとえばスカーレットのような女性だったら」といった、時代を感じさせる項目(「スカーレット」はスカーレット・オハラ。『風と共に去りぬ』のヒロイン――昭和の頃は註も必要なかったのでしょう)に混ざって、「あなたが智恵子のような濃やかな人だったら」という章があります。ちなみにもう一つは「あなたがサザエさんタイプの明朗女性だったら」。

女性の皆さん、あなたは何タイプですか(笑)?




第60回高村光太郎研究会。

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文京区大塚にて、「第60回高村光太郎研究会」が開催されます。 

第60回高村光太郎研究会

日 時  2015年11月21日(土)
時 間  午後2時~5時 
場 所  アカデミー音羽 3階学習室A 文京区大塚5-40-15 東京メトロ有楽町線護国寺駅から徒歩2分

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参加費  500円
 
<研究発表>
「高村光太郎の戦争詩――『詩歌翼賛』を中心に――」  田所弘基氏
「「画家アンリ・マティス」高村光太郎訳」            西浦基氏

研究発表会後、懇親会あり

この会は昭和38年(1963)に、光太郎と親交のあった詩人の故・風間光作氏が始めた「高村光太郎詩の会」を前身とします。その後、明治大学や東邦大学などで講師を務められた故・請川利夫氏に運営が移り、「高村光太郎研究会」と改称、年に一度、研究発表会を行っています。現在の主宰は都立高校教諭の野末明氏。当方も会員に名を連ねさせていだたいています。
 
ほぼ毎年、この世界の第一人者、高村光太郎記念会事務局長・北川太一先生もご参加下さっていて、貴重なお話を聞ける良い機会です。しかし、そのわりに、参加者が少なく、淋しい限りです。

特に事前の参加申し込み等は必要ありません。直接会場にいらしていただければ結構です。ぜひ足をお運び下さい。
 
研究会に入会せず、発表のみ聴くことも可能です。会に入ると、年会費3,000円ですが、年刊機関誌『高村光太郎研究』が送付されますし、そちらへの寄稿が可能です。当方、こちらに『高村光太郎全集』補遺作品を紹介する「光太郎遺珠」という連載を持っております。その他、北川太一先生をはじめ、様々な方の論考等を目にする事ができます。
 
ご質問等あれば、はこちらまで。


【今日は何の日・光太郎 拾遺】 11月8日

昭和27年(1952)の今日、実弟で藤岡家に養子に行った孟彦の要請により、茨城県友部町の鯉淵学園で講演を行いました。

この時の筆録は翌年の『農業茨城』という雑誌に掲載されました。

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「没後28回忌 第22回「心平忌」心平を語る会」レポート。

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昨日は福島県いわき市にて、光太郎の深い信頼を得、その歿後は顕彰活動の先鞭をつけた当会の祖・草野心平を偲ぶ集い「没後28回忌 第22回「心平忌」心平を語る会」に参加して参りました。

会場はいわき市小川町上小川にある草野心平生家。昨年に続き、2度目の訪問となりました。

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まずはすぐ近くの常慶寺さんで心平及びゆかりの方々の墓参。こうした場合にはいつもそうですが、光太郎の代参のつもりで手を合わさせていただきました。

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この辺り一帯は古い建物が残り、いい感じです。

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生家に戻って、「心平粥」「心平餅」をいただき、その後、元筑摩書房編集部長で、『草野心平全集』『草野心平日記』担当編集者、かわうち草野心平記念館(福島県双葉郡川内村)初代館長を務められた晒名昇氏の卓話「晩年の草野心平」。

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平成12年(2000)にいわき市立草野心平記念文学館さんで開催された企画展「草野心平年次詩集―凹凸の道―」の関連行事として行われた講演の内容を元に語られました。

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その後は「第7回 草野心平ふるさとの詩 けるるん くっく 発表会 表彰式」。こちらは地元小川地区の小学校4年生と中学校2年生を対象にした詩のコンクールです。

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最優秀のお子さんは、受賞作の朗読も行いました。後ろで写真の心平も微笑んでいます。

当方、同じ心平を偲ぶ川内村での「かえる忌」には3回お邪魔しましたが、こちらでの集いは初参加でした。こちらも手作り感溢れる温かみのあるイベントでした。やはりそれぞれの地元の人々が、地域の偉人として、その業績を伝えていくことは非常に大切なことだと思います。

いわき市、川内村ともども、末永く続けていって欲しいものです。


【今日は何の日・光太郎 拾遺】11月9日

平成3年(1991)の今日、NHK総合で単発の2時間ドラマ「智恵子と光太郎 極北の愛」がオンエアされました。

脚本は寺内小春さん。智恵子に扮したのは佐久間良子さん。光太郎役が小林薫さん、光雲役で故・佐藤慶さん。駒込林町のアトリエの隣人夫婦に小林稔侍さんと高橋ひとみさん、田村俊子を小野みゆきさん。

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光太郎が晩年を過ごした花巻郊外の高村山荘のセットが見事な出来でした。

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晩年の光太郎のメイクも。

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「智恵子抄」関連イベント情報その1 「平野学コンサート~黒と水色の…」。

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今月中に3つほど、「智恵子抄」関連のイベントの情報を得ています。

まずは北海道紋別市から。

概要をわかりやすくするため地元紙『北海民友新聞』さんの記事から引用させていただきます。 

平野学コンサート21日に、編曲版「ボレロ」初演も

 認定NPO法人紋別文化連盟(荻野不二男会長)は21日午後6時半から紋別市民会館大ホールで、創立60周年記念事業の1つ「平野学コンサート~黒と水色の…」を開く。ピアノを中心とする音楽活動で知られる平野学さんが新たに編曲した「2台のピアノと小太鼓によるラヴェル『ボレロ』」の演奏など、意欲的なステージが繰り広げられる。広く鑑賞を呼びかけている。
 平野さんは国立(くにたち)音楽大学楽理科で編曲などを学び卒業。NHK交響楽団事務局勤務を経て平成10年に紋別高等養護学校へ赴任。現在は紋別養護学校に勤務している。
 これまで市内で数回のコンサートを開いたほか、流氷公園ロマンティックコンサートへの出演、合唱団伴奏者などとしても活躍。紋別高校の校歌作曲者でもある。
 今回はソロリサイタルではなく、音楽仲間4人と合同でステージを作り上げる。
 メーンの1つはラヴェル作曲「ボレロ」。小さな小太鼓の音で始まり、最後は爆発的に高揚して曲を閉じるバレエ音楽で、誰もが一度は耳にしたことがあるような有名な曲。本来は管弦楽で演奏されるが、今回は平野さんが2台のピアノと小太鼓のために編曲した作品を初演する。
 平野さんは紋別エッセイクラブに所属する文筆家で、今回は音楽と詩の融合にも挑戦する。
 その1つが高村光太郎が亡き妻への思いを綴った詩集「智恵子抄」を題材とした作品。光太郎と智恵子の心の軌跡を音(ピアノと朗読)で表現しようとするもので、平野さんは「歌曲でもなく、ステレオタイプな朗読でもない。音と言葉が、融合したり寄り添ったり、時には火花を散らしたりするような表現なのである。ピアノの即興演奏は、鍵盤だけでなく、弦をはじいたり木琴のばちで叩くといった内部奏法も活用する」と、語る。

 入場料は1000円。チケットは市民会館、茶豆館などで発売中。問い合わせは同連盟事務局の茶豆館(電話0158・23・6081)まで。


コンサートの詳細情報は以下の通り。 

平野学コンサート「黒と水色の・・・」 En noir blue clair

期   日 : 2015年11月21日(土)
時   間 : 開場18時00分  開演18時30分
会   場 : 紋別市民会館 大ホール 紋別市潮見町1丁目4番3号
料   金 : 1,000円
出   演 : 平野学(pf) 大和田義輝(pf) 小野辰朗(パーカッション) 長澤達也・瀧澤みどり(朗読)
問合せ先 : 認定NPO法人紋別文化連盟  0158-23-6081

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朗読で参加される方のブログがこちら。「ピアノの演奏も朗読も よくある感じではなく より音楽的なダイナミズムで作り上げていくもの」だそうです。


さすがに北海道は遠いので当方は参りませんが、お近くの方、ぜひどうぞ。

この手のイベントを企画されている方はこちらまでご連絡いただければご紹介しますし、協力も致します(内容によりけりですが)。


【今日は何の日・光太郎 拾遺】 11月10日

昭和2年(1927)の今日、アトリヱ社から、光太郎が解説を執筆した『ドラン画集』が刊行されました。

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アンドレ・ドラン(1880~1954)はフランスの画家。アンリ・マティスとともにフォービズムの旗手として名を為しました。また、光太郎と交流のあった安井曾太郎などに多大な影響を与えたり、同じエコール・ド・パリの画家・藤田嗣治に高く評価されたりしました。

「智恵子抄」関連イベント情報その2 「福の島プロジェクト 福島応援団四周年記念 第四回 ふくしまの食材を使ったフレンチの夕べ」。

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今月中行われるもので3つほど、「智恵子抄」関連のイベントの情報を得ているうちの2つめです。 

大正3年(1914)12月22日、光太郎智恵子の結婚披露宴が開催された上野精養軒さんでのイベントです。

 皆さまお変わりなくお過ごしのことと、およろこび申し上げます。いつも、福島県を心にかけていただき、まことにありがとうございます。
東日本大震災、それに伴う原発事故から4年半が過ぎ、表面上は日常を取り戻した福島県ですが、まだ自宅に戻れない避難者が10万人を超え、さらには、農林水産物への風評被害もいまだ進行形です。
 私ども福の島プロジェクトが、震災直後から福島県の正しい姿を全国に発信する活動をしてはや4年。福島県産の農産物を使ったフレンチの夕べも、首都圏の皆様の友情に支えられて、今回で4回目を数えることとなりました。
今年も、全国新酒艦評会で金賞受賞数3年連続日本一の福島県より、自慢の日本酒を始め、おいしいおコメ、野菜など、ふくしま食材を使った、美味しいフレンチをお楽しみいただきます。
 首都圏にお住まいの皆様と、福島のおいしい時間をご一緒できますことを、楽しみにしております。
福の島プロジェクト 会長 小林文紀
日   時 : 平成27年11月26日(木) 開場 17:30
         オープニングライブ 智恵子抄をうたう 18:00~18:30
         ディナータイム フレンチの夕べ      19:00~20:45 
場   所 : 上野精養軒 桜の間 東京都台東区上野公園4-58 TEL:03-3821-2181
会   費 : 前売10,000円(当日10,800円)
お 料 理  : フレンチの老舗上野精養軒のシェフが福島の食材をふんだんに生かした心込めたおもてなし .
お飲み物 : 福島の蔵元から直送の日本酒/福島工場製造の朝日スーパードライ/
         こぶしの里のさるなしジュース/尾瀬の自然水/アクアイズ天然炭酸水
お楽しみ :
 ◎福島の食材のフレンチディナーを着席ビュッフェスタイルで
 ◎全国酒艦評会金賞受賞酒とのマリアージュ
 ◎モンデンモモが唄うシャンソンの名曲に酔いしれてください
 ◎福島にこにこバラ園のバラ/会津木綿に江戸友禅師・加藤孝之氏デザインのナフキン
 ◎その他
主   催 : 福の島プロジェクト
主   管 : 有限会社HA2
協   力 : フランス料理文化センター/ラ・キャラバン・ボナペティ/ NPO法人プロジェクト福島屋商店/
         GBP(がんばっぺ)福島/笹の川酒造/上野観光連盟/上野精養軒

オープニングライブ 智恵子抄をうたう

 高村光太郎が、亡き妻智恵子さんを偲んで詠んだ詩集「智恵子抄」にモンデンモモさんがメロディーをつけて歌い語ります。
 「智恵子抄」には、智恵子さんのふるさと福島県二本松市の大自然が詠われています。
 ご夫妻が結婚式を挙げた上野精養軒を舞台に、安達太良山や阿武隈川の光景を思い浮かべながらゆったりとした時をお過ごしください。

出 演 : 歌と語り モンデンモモ  ピアノ 船本美奈子

 この企画は、福島県に拠点をおく下村満子さん主宰の「生き方塾」の事務局長・三田様のご協力により実現しました。生き方塾応援団のお一人であるモンデンモモさんが福島を思う熱い気持ちのままに、智恵子抄を歌いあげます。

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というわけで、このブログで何度もご登場いただいているモンデンモモさんがご登場。オープニングライブと、ディナータイムの中でも歌われるようです。

こちらのイベントは今回で4回目。智恵子の故郷・二本松にほど近い郡山に拠点を置く「福の島プロジェクト」さんの企画で開催されます。公式サイトには以下の記述があります。

 「福の島プロジェクト」は、東日本大震災、そしてそれに伴う原発事故から立ち上がろうとする福島県を応援するために、福島県産品だけを取り扱う「ネットショップ福島屋商店」を中核に、福島県内の農業生産者、食品加工業者、道の駅、農産物直売所、酒蔵、宿泊業地域づくり団体が一つになって、これまで約3年間活動を続けてきました。

 活動3年目の今年は、県外・国外の皆様に、震災後の福島県の姿を正しく見ていただくために、活動の幅を広げています。

 福島県は案外大きな県です。県土の大きさはもちろんですが、少子化と震災で減らしたとはいえ、人口も195万人程あります。ほどよく首都圏から離れ、交通の便が良く、中都市が分散する県土は、それぞれの地域に異なった文化と伝統を持つ魅力ある地域です。私たちは、震災以前よりこの福島県を「うつくしま・ふくしま」と自慢していました。

 この「うつくしま・ふくしま」で育てられた農産物や加工食品を、安全には万全の注意を払ってお届けします。

 どうぞ、おいしいふくしまをお楽しみください。そして、「うつくしま・ふくしま」においでください。心からお待ちしております。

会長の小林文紀さんについてはこちら。


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こういったイベントへの参加も、一つの復興支援です。よろしくお願いいたします。


【今日は何の日・光太郎 拾遺】 11月11日

昭和26年(1951)の今日、詩人の宮靜枝が花巻郊外太田村の山小屋を訪れました。

宮靜枝は岩手江刺の出身で、戦前から東京で詩人として活動。光太郎同様、東京の家を戦災で焼かれ、郷里に近い盛岡に疎開していました。

宮はこの時の体験を元に、平成4年(1992)、『詩集 山荘 光太郎残影』を上梓、第33回晩翠賞に輝いています。

この中には、光太郎を謳った21篇の詩、詳細な訪問記、自身や同行した甥御さん、息子さんが撮った15葉の写真も収められています。


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「智恵子抄」関連イベント情報その3 「平成27年度 たかおか学遊フェスタ」/「智恵子講座’15 第2回 油井小学校と福島高等女学校の先生達」。

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今月中行われる「智恵子抄」関連のイベントの情報を得ているうちの3つめと4つめです。 

富山県高岡市で開催されている市民講座「市民大学たかおか学遊塾」のイベントです。 

平成27年度 たかおか学遊フェスタ

平成27年11月28日(土) 富山県高岡文化ホール多目的小ホール 入場無料
主催/市民大学たかおか学遊塾、学遊倶樂部 
後援/富山県、生涯学習都市高岡推進協議会

●ステージ 司会進行 中川かずよ
12:20開会のご挨拶 明神博幸
12:25すとれっち・太極拳・ダンス 近江由美
12:45模擬カウンセリング実演  村田晃
13:00バルーンアート  松林弘
13:10シャドウボックスって何?  三谷智子
13:15私の好きな言葉 梅田満
13:20高村光太郎(智恵子抄)より―朗読 茶山千恵子
13:35複利のマジック  油谷俊雄
13:55朗読を楽しむ―受講生による朗読発表 中川かずよ
14:20楽しいお菓子作り 茶山千恵子
14:25書道・私の作品  近藤邦子
14:35水彩画の魅力 小木清
14:40歴史クイズ  美宅雅利 柳沢和達 沖津実
15:00即興川柳  坂下
15:10鹿児島おはら節、みんなで越中おわら節を踊ろう 塚西百合子
15:25お楽しみ抽選会 
15:40閉会のご挨拶 折本和洋

●体験講座 10:00~
暦の不思議体験 折本和洋 無料
指なし手袋を染める 穴井純子 1,500円 10分
ギャザーフリルの襟まき 塚西百合子 600円 20分
お菓子を味わう 茶山千恵子 実費

●展示
講座風景、書道、水彩画、シャドウボックス、高村光太郎智恵子、川柳 その他


「智恵子抄」の朗読をなさる茶山千恵子氏は、「市民大学たかおか学遊塾」で、今年度上期下期、「高村光太郎智恵子の世界を談ろう会」の講師をされている方です。「●展示」の項に「高村光太郎智恵子」とあるのは、この関係でしょう。


もう1件(以前にもご紹介しましたが)。 

智恵子講座’15 第2回 油井小学校と福島高等女学校の先生達

期 日 : 1 1 月1 5 日( 日) 午前1 0 時開会
場 所 : 福島県男女共生センター 福島県二本松市郭内一丁目196-1
講 師 : 小島喜一さん( 福島県中国交流史学会長、元福島女子高教頭)
申し込み先 智恵子のまち夢くらぶ事務局 TEL 0 2 4 3 - 2 3 - 6 7 4 3

智恵子の故郷・二本松で顕彰活動を進める「智恵子のまち夢くらぶ」さんの主催で、今年度は4回実施されるうちの2回目です。1回目のレポートはこちら。3回目には当方が講師を仰せつかっています。

先月開幕し、智恵子の人形も出ている「二本松の菊人形」をまだ拝見していませんので、併せて行って参ります。さらに智恵子記念館の紙絵実物展示と智恵子生家二階の限定公開も実施中です。


そろそろ晩秋。芸術の秋、文化の秋も終わりに近づいています。この後、とたんにこの手のイベントも少なくなって行きます。通年で光太郎智恵子関連のイベントが常に開催されているという状態は夢想なのでしょうか。


【今日は何の日・光太郎 拾遺】 11月12日

大正6年(1917)の今日、『東京朝日新聞』に「高村光太郎彫刻界」の記事が載りました。

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▲ 高村光太郎彫刻会 彫刻家高村光太郎氏をして後顧の憂なく製作に没頭せしめ戦後紐育にて第一回個人展覧会を開催する資金調達の為め起こされたる会にて会員は入会と同時に作品(五千五百円、二千五百円、千五百円、六百円、三百円五種)価格の半を払込むべく作品は六箇月乃至三箇年以内を以て順次配布せらるべし申込所本郷Ⅸ駒込林町二五高村光太 彫刻会事務所

「郎」が脱落しているのはご愛敬です。

結局、入会者が少なく、個展は実現しませんでしたが、これを機に初期の秀作「手」「裸婦坐像」「腕」やいくつかの肖像彫刻(いずれもブロンズ)が作られました。

7年後の大正13年(1924)には、同様の主旨で「木彫小品を頒つ会」を始め、「蟬」「柘榴」「鯰」などを制作。こちらは世人に迎えられ、作れば確実にいくらかの金が取れるようになりました。



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