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Channel: 高村光太郎連翹忌運営委員会のブログ
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『詩葉さんは別(ワカレ)ノ詩を詠みはじめる』。

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青少年向け、いわゆるライトノベル系の新刊です。 
2017年8月30日 樫田レオ著 角川書店(ファミ通文庫) 定価648円

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もう一度、大切な人に想いを伝えられたら――

大切な想いや言葉が形となった《迷い言》が視える藍川啓人は、数年前の事故で亡くした幼馴染、高森閑香の《迷い言》に出会う。事故の時、助けられず後悔していた啓人は、彼女の本当の想いを知るため《迷い言》の声を聞くことができる《伝え人》、梅ヶ枝詩葉の元へ連れて行くことに。そして詩葉の力を借りて、閑香が伝えられなかった最期の言葉を聞こうとするのだが――。大切な人への想いを巡る、切なくて暖かく、そして少しほろ苦い感動の青春ストーリー。


「詩葉」は「うたは」。登場人物の名前です。

「言霊」の考え方を根底に置いて、ストーリーが展開されます。世の中には、無念の死を遂げた人々が大切な人へ最期に伝えようとした「言葉」が霊魂のように漂っており、それを実体視できる能力を持った「伝え人」が、伝えたかった相手に仲介する、というのです。その伝えたかった最期の言葉を引き出すために、古今の文学作品の一節に宿る「言霊」の力が使われます。僧正遍昭や菅原道真の古歌、近代では石川啄木や若山牧水の短歌、短歌に限らず江戸川乱歩の残した格言「現世(うつしよ)は夢 夜の夢こそまこと」など。

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そしてメインで使われるのが、光太郎の「郊外の人に」(大正元年=1912)の一節。

 わがこころはいま大風(おほかぜ)の如く君にむかへり
 愛人よ
 いまは青き魚(さかな)の肌にしみたる寒き夜もふけ渡りたり
 されば安らかに郊外の家に眠れかし

さまざまな逡巡の末、智恵子と共に生きていこうという決意を固めたことを高らかに謳うもので、昭和16年(1941)の詩集『智恵子抄』に収められました。のちの昭和31年(1956)の新潮文庫版にも踏襲されています。

物語では、この新潮文庫版がモチーフとして使われ、智恵子の紙絵をあしらったカバーも重要なファクターとなっています。

久々にこの手のジャンルのものを読みましたが、それだけに新鮮な感動を味わえました。ぜひお買い求め下さい。


【折々のことば・光太郎】

詩をすてて詩を書かう。 記録を書かう。 同胞の荒廃を出来れば防がう。 私はその夜木星の大きく光る駒込台で ただしんけんにさう思ひつめた。

連作詩「暗愚小伝」中の「真珠湾の日」より 昭和22年(1947) 光太郎65歳

その言葉通り、太平洋戦争開戦後は、「詩」とは言いがたい空虚な言葉の羅列に過ぎぬ作品が量産されました。そしてそのものずばりの『記録』という詩集(昭和19年=1944)も刊行されました。

ただ、その目的は、鬼畜米英の誅戮ということではなく、「同胞の荒廃を出来れば防」ぐということ。確かに光太郎の遺した大量の翼賛詩は、前線での戦闘や軍隊生活を謳ったものはあまりなく、どちらかというと銃後の国民の心構えを説くものが主流でした。それにしても、その罪深さは言うまでもありませんが……。

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